「よっ! 今帰りか?」
肩を叩かれて振り向くと祐一が居た。
心臓が跳ね上がる。ビックリしたというより、祐一に触れられた肩が熱い。
「これから俺の家でテスト勉強しないか?」
祐一も今帰るところらしく、鞄を手に持って並んで廊下を歩き出しながら言った。
「そうだな。今回の中間ヤバいから物理と英語教えてくれよ」
俺は祐一の方を見ずに頼んだ。まだ肩の熱の余韻を残したまま祐一の顔を見ることが出来なかった。
「OK! 俺も数学と倫理教えてくれ」
祐一が明るい声で取引を持ち込んできたので、俺はジェスチャーで了解と応じた。
「良かった! 実は透に教えてもらう気満々だったからさぁ」
祐一が悪戯っぽい笑顔を見せた。俺にとってはそれすらまぶしく感じてならない。
「確信犯かよ」
俺もつられてにやついた。
「帰る前に――」
祐一が何かを言いかけたが、遠くから祐一を呼ぶ声に遮られた。
「祐一! 福田の家で勉強するんだけど、一緒に来ないか?」
振り向くと祐一のクラスメイトらしい男が声をかけてきた。
「ごめん。先約があるからまた今度な」
祐一はすぐさま断りを入れた。
「分かった。勉強教えてもらおうかと思ってたけど、先約があるんじゃ仕方がないね。またよろしくね」
男はそう言い終わると、また元の方角へ戻っていった。
「今の、クラスメイト? いいのか?」
俺はやっぱりあっちに行くと言われたら嫌だなと思いながらも、極めて平常心を装って尋ねた。
「いいのいいの! 透の方が先約なのは本当の事だし、透と二人の方が勉強捗りそうだし」
祐一がそう言うと、俺はほっと胸を撫で下ろすと同時に、嬉しさが込み上げてきた。
「さっき何か言いかけたよな?」
俺は顔が緩むのを抑えながら、祐一に言葉の続きを促した。
「ああ、帰る前にコンビニに寄ってジュースとおやつ買って行こうかと思って」
「了解。新発売のスイーツ何かあるかな?」
「どうだろう? 季節限定のとかあるかもな」
俺は道中ウキウキしっぱなしで浮かれていた。
祐一の家に着くと誰も居なかった。共働きだから両親は居ないし、中学生の妹は何度か会ったことはあるが、部活で帰りが遅いからこの時間はまだ帰宅していなかった。
祐一の部屋は勉強机の他に、中央に机があり、冬にはこたつになる。向かい合って座ると、教え合う時にやりにくいから、いつもこの机でL字に座って勉強している。
今日も同じように座って、まずはお互いに苦手科目の問題集を解いていた。ある程度進めてから、お互いに分からないところを質問し合うのがお決まりのパターンだ。
始めは集中して問題を解いていたが、ふと顔をあげて祐一の顔を盗み見た。祐一が真剣な顔つきで問題集と格闘していた。普段はにこやかにしていることが多いので、真面目な顔を見るのはこういう時だけだ。
かなり集中しているのか、俺が見ている事に全く気が付いてない様子だった。しばらくすると切が付いたようで、顔を上げた祐一と目が合いそうになって、慌てて下を向き問題集を問いてる振りをした。
「切ついた? ちょっと聞きたいんだけど」
祐一が問題集を指して言った。
「ああ、こっちも切ついたよ。どの問題?」
俺は祐一の問題集を覗き込んだ。
「これ、数式がこれ以上進まなくて」
祐一のノートを見ると、数式が中途半端なところで途切れていた。
「ああ、それはその公式じゃないよ。引っ掛け問題だから間違いやすいと思うけど、問いの中にあるこことこの部分が重要なんだ」
「あ、そっか、じゃあちょっと待って、それならこの公式使えばいいのかな?」
俺の説明に気が付いたのか、祐一はスラスラとノートに数式を書き始めた。
「そうそう、それそれ。公式を勘違いすると解けないけど、必ず問いの中にヒントがあるから」
「やった! 解けた! 数学苦手だけどさ、解けなった問題が解けると達成感がハンパないな」
祐一は嬉しそうに微笑んだ。その顔を見てまた胸が熱くなる。
「透は? 何か質問とかないのか?」
祐一が身を乗り出して俺の問題集を覗き込んできた。
「あ! こ、この英文がイマイチ訳分からん」
祐一から少し顔を離して言った。
「ああ、これはこの単語が過去形だから、この文は――」
――近い、近い、顔が近い。声も近い。肩が触れてる!
祐一が流暢な発音で英文を音読しながら説明してくれているのだが、さっぱり耳に入ってこなかった。
肩が熱い。祐一の肩から俺の肩へ熱が伝染し、肩から体中に広がっていくような気がした。
顔が熱くなり、心臓もバクバクと段々音が大きくなってきた。心臓の鼓動が大きくなり過ぎて痛いぐらいだ。
――心臓うるさい。静まれ!
今までだってこんなことはテスト勉強の度にあったはずだ。何故今更なんでこんなにもドキドキするのか――。
疑う余地はない。これは恋だ。
――俺は祐一に恋している。
絶対に認めたくなかった。何かの間違いだと思いたかった。でも、どんなに誤魔化そうとしても、自分の体は正直だ。体中が沸騰するかのように熱い。全身が祐一を好きだと叫んでいる。この胸の高鳴りが、この気持ちが恋でないのなら、何だと言うんだ。祐一の事を意識していると気が付いた時点で、俺は恋に堕ちていたんだ――。
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