テスト週間が終わり、またいつもの日常がやってきた。テストの結果は、集中力に欠け、順位が大幅に下がってしまった。落ち込みはしたが、原因は分かっている。でも原因が分かったところで仕方がない。
気が付くと、体育館の入り口付近まで来ていた。祐一が部活でバスケをやっているので、寄って覗いていくのが最近の日課になりつつあった。以前は部活を覗いたりしなかったが、祐一を少しでも見ていたくて、気が付かれないように気を使いながらも、毎日通っていた。
今日も祐一は真剣な顔をしてバスケをやっていた。今までこんなに真剣な顔をして部活をやっていたのは知らなかった。
祐一が交代でコートの外に出ると、マネージャーの女子が祐一に近づき、何かを手渡した。よく見ると、小さいタオルみたいだ。祐一が笑顔で何か言いながら、そのタオルを受け取った。
女子と笑顔で会話している祐一を見ると、胸がチクチク痛い。羨ましい。俺も祐一ともっともっと一緒に居たい。俺に笑顔で話しかけてほしい。
祐一をもっと見ていたいけど、女子と仲良さげなのは見ていたくない。あまり長くここに居ると祐一に見つかりそうなので、複雑な思いで体育館を後にした。
校門まで歩いていると、クラスメイトの若野翔太が校門のところで誰かを待っている様子で立っていた。
「早瀬、今から時間あるか?」
若野が俺に声をかけてきた。待ち人は俺だったようだ。クラスメイトだが、あまり話したことはなかったから、声をかけられるとは思っていなくて、ちょっとビックリした。努めて平静を装い、少し警戒しながら答えた。
「いいけど……何の用?」
「突然で悪いな。少し話がしたくて。人には聞かれたくない話だから、勝手に待たせてもらった。公園でもいいか?」
「わかった」
公園なら何かあっても逃げられるし、前々から悪いヤツとは思っていなかったので、断わらなかった。
俺が了承すると、若野はスタスタと俺の前を歩き始めた。若野の話が何なのか気になったが、公園に着くまで話す気がなさそうなので、無言で後を追った。
公園に着くと、無言のまま若野がベンチに座ったので、俺も同じベンチに少し離れて座った。
「で、何の話?」
沈黙に耐え切れずに俺は若野の方に顔を向けて先に声をかけた。
若野は前を向いたまま口を開いた。
「お前さ、隣のクラスの速川祐一とどういう関係?」
「どういうって……友達だけど?」
突然祐一との関係を聞かれて訳も分からず動揺しそうになった。
「ふ~ん、でもお前はアイツのこと好きだろ?」
そう言うと若野が俺の方を見た。
「――な、何を言い出すんだよ! 祐一も俺も男だぜ? 何勘違いしているんだか」
思いもよらない科白に一瞬言葉に詰まって動揺してしまったが、何とか誤魔化そうと頑張った。だけど、若野は嘘を見透かすかのような瞳でじっと俺の目を見ていた。
「そんなに警戒しなくてもいい。別に脅そうとかそういうんじゃない。――ただ、お前なら俺も気持ちを分かってくれるんじゃないかと期待して……」
若野が辛そうな顔を見せると、また前を向いた。
からかっている訳でもなさそうだけど、大して話をしたこともなく仲良くもない若野を信頼していいものかも分からず、本心を話すかどうか迷っていた。今ならまだ誤魔化したままでやり過ごすこともできるが、先程の若野の表情が気になって、どうしても否定して公園を後にすることが出来なかった。
「何でそう思った訳?」
取りあえず、俺が祐一を好きだと思った理由を尋ねてみた。今まで上手く隠してきたつもりだったから、何故バレたのか、どうしても確認したかった。
「いつだったかな、屋上でお前と速川が一緒に飯食ってて、速川が寝ちゃった時、お前が速川の髪を愛おしそうに触れていたのを見たんだ。それにお前が速川といる時はいつも嬉しそうに笑ってるし、もしかして、と思ってさ」
若野に見られていたとは思わなかった。他の人にも、もしかして祐一にも俺の気持ちが知られてるのかもしれないと思うと、顔が青ざめそうになる。
「心配するな、速川にも他のヤツにも多分気が付かれてないと思うから」
若野が俺を心配するような声で言った。
どうやら見た目にも分かるぐらい動揺してしまったらしい。これでは肯定しているようなものだ。俺は決心して若野にぶちまけることにした。
「……そうだよ! 俺は祐一が好きだ。始めは自覚してなかったけど、今はちゃんと自分の気持ちを認めている。何でお前がこんな話してくるのか全く分からないけど」
俺は若野を睨み付けながら言ったが、若野はこっちを見なかった。
「そっか、やっぱり。でも誰にも言うつもりはねぇよ。――次は俺の番だな」
そう言うと、若野は一度深呼吸してからそっと話し始めた。
「俺、英語の宮内先生が好きなんだ。先生は従兄の同級生で恋人で……。その縁で中学の時に少しだけ家庭教師してもらったことがあってさ。気が付ついたら好きになってた」
若野は前を向いたまま、どこか遠いところでも見ているようだった。俺は何とコメントして良いのかも分からず、ただ黙って聞いていた。
「年下だから相手にされないだろうし、そもそも従兄の恋人なんだから、好きになっても俺のことを好きになってくれる訳がない。好きになってはいけない人を好きになってしまったって、ずっと苦しかった。誰にも言えなくて辛かった。でも、早瀬が速川に片想いしているなら、もしかしたら俺の気持ちを分かってくれるかなって。分かってくれなくても、この秘密の恋を共有してくれるだけでも楽になれるかなって思ったんだ」
若野は一度もこちらを見ずに前を向いたまま話していた。横顔が今にも泣きだしそうで、目尻には涙が溜まっているようにも見えた。
不謹慎かもしれないけど、片恋に苦しんでいるのは自分だけじゃないと俺は少し胸が軽くなった気がした。
「それで俺に声をかけたんだな。でも、男の俺が男の祐一を好きだって知って気持ち悪くねぇのかよ?」
俺は少し自虐的な聞き方をした。
「いや、全然。そんな風には思わなかったな。
人を好きになる気持ちって、自分でも止められないし、それが同性だとしても、他人の真剣な気持ちを気持ち悪いなんて言葉で片づけられるもんでもないだろ」
若野は俺の事を気遣っているというより、許容範囲が広い人間みたいだ。俺は自分が当事者じゃなかったら、気持ち悪いって言っていたかもしれない。
「若野はいいヤツだな。俺は自分がゲイだとは思ってないけど、男を好きになったっていうだけで気持ち悪がられるんじゃないかとか、普通に話してもらえないかと思っていた」
俺は素直に思ったことを口にした。若野は軽く首を横に振った。
「早瀬が速川といる時、たまに辛そうな、切なそうな顔をしていることがあって、それがやけに気になった。もしかして、コイツも辛い想いを抱えているんじゃないかって。自分にダブって見えた。だから、話したらお互い楽になれるんじゃないかってさ」
「俺はこんなこと誰にも話せないと思ってたけど、バレたのが若野で良かった」
また思わず本音を言ってしまった。若野が気を悪くしてなければいいが……
「秘密ってさ、ずっと一人で抱え込んでいると辛いよな。誰かに聞いてもらえるだけでも、気持ちが落ち着くっていうか、スッキリするというか、とにかく少しは楽になった」
若野が泣きそうな顔で微笑んだ。切ない気持ちが伝わってくる。若野も俺も秘密の片恋に悩んでいたから、傷を舐め合うようなことかもしれないけど、それでも仲間が出来たみたいで少し嬉しかった。
「俺でよければいつでも話を聞くよ。俺の話も聞いてもらうけどな」
俺もつられて涙目になって微笑んで言った。この想いがどうかなるわけでもないけど、それでも本当に嬉しかった。
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