「メイナさん、手紙がドアに挟まっていたよ」
トゥールくんが二通の手紙を差し出した。
「ありがとう。誰からかな?」
受け取ると、差出人を確認した。
二通とも差出人は書かれていなかった。宛名も特に書かれていなかった。封蝋も平らなもので押されているようで、家紋などは入っていなかった。
気になって封を開けると、紙が一枚入っていた。
≪カイト様に近づくな≫と書かれていた。
もう一つの封筒も開けた。
≪身分をわきまえろ。ニコラス様に近づくな≫と書かれていた。
え? 何これ? 忠告の手紙? カイト様とニコラス様って危険人物なのかしら? ニコラス様は王子様だから、身分をわきまえるというのは分かるんだけど、ここにはお忍びで来ているだけだし、私から近づいてはいないわ。それに二人はそんなに危ない人達だとは思わないし、大事な常連さんなのに。
何かモヤモヤする。誰が送ってきたのだろう?
「メイナさん、どうかした?」
トゥールくんが心配そうに顔を覗きこんできた。
うん、今日もトゥールくんは可愛いなぁ。とっても癒されるわ。
「大丈夫、何でもないわ」
私は無理に笑顔を作った。
「おはようございます」
セドリックさんが一番のりでやってきた。
私は慌ててホケットに手紙を突っ込んだ。
「おはようございます。あれ? ベレルさんは一緒ではないのですね。今日は何にしますか?」
「ええ。祖父は用事がありまして、メイナによろしくと言っておりました。では、緑茶とフルーツあんみつをお願いします」
セドリックさんが珍しくお任せと言わなかった。
「はい、畏まりました。少々お待ち下さい」
そう言って、キッチンへ向かった。
キッチンから戻ってきて、セドリックさんの前にフルーツあんみつと緑茶を置いた。
セドリックさんが気難しい顔をしていた。
「メイナ、この手紙が落ちていましたよ。これは貴女宛てですね? 宛名が書かれていなくて中身を見てしまってすみませんが……」
セドリックさんが気まずそうに手紙を差し出した。
「トゥールに聞いたら、今朝ドアに挟まっていたとか。それも二通。差出人に心当たりはありますか?」
セドリックさんが心配そうな顔を見せた。
「多分私宛だと思います。差出人に心当たりはありませんが、悪戯か何かかなぁって」
あまり深刻そうな感じはしなかったので、つい誤魔化し笑いしてしまった。
「もう一通も見せてもらえますか?」
セドリックさんが真剣な表情で言うので、ポケットに入れていたもう一通も見せてしまった。
「これもですか……」
セドリックさんがため息を吐いた。
「おはよう、メイナ」
「おはよう」
そこへニコラス様とカイト様がやってきた。
「ん? どうしたの? 何かあったのかな?」
ニコラス様がいつもと違うセドリックさんの表情と雰囲気に気が付いたらしい。
「カイト様、ニコラス様、こちらをご覧いただけますか?」
セドリックさんが立ち上がって二人に手紙を差し出した。
「!」
ニコラス様が目を見開いた。
「何だ? 誰がこれを書いたんだ!」
カイト様が怒りを顕わに呟いた。
「今朝、お店のドアに挟まっていたらしいです」
セドリックさんが私の代わりに状況を説明した。
「差出人の特定はまだ出来ないけど、絞り込むことはできる」
ニコラス様が手紙を睨み付けて言った。
「メイナ、大丈夫か? 他に何かされていないか? 変わった事とかなかったか?」
カイト様が私に詰め寄ってきた。
「はい、大丈夫ですよ。でも親切も行き過ぎると迷惑ですよね。お二人に近づくと危ないって何故私にわざわざ忠告してくれるのかなって。お二人が危険人物な訳がないのに。あ、もしかしてお二人の近くにいると立場上これから危険に巻き込まれると教えてくれているのでしょうか?」
首を傾げた。考えても意味が分からない。
「メイナ、それは違うよ。これは忠告というか、私達に近づくな、という警告のような物だよ。脅迫状とも取れるからね」
ニコラス様が真剣な顔で言った。
「そうなんですか? でも殺すとか命はないぞ、とかそういう事は書かれてなかったので、そんなに深刻な事でもないかなって」
「私が偶然拾わなかったら黙っているつもりだったんですね?」
セドリックさんが少し怒っているように見える。
「えっと、それはそのー」
ニコラス様とカイト様が同時にため息吐いた。
そんなに大事だったの? でも命の危険は感じかったし。
「メイナ、もう一つ訂正しておくと、この手紙の内容は、私達が危険人物だから近づくな、ということではないよ」
ニコラス様がにっこり笑って言った。
何だ、二人には私の知らない危険な何かがあるのかと思っていたけど、そういう訳ではなかったのね。特に王子は腹黒っぽい気がするから何かあるかな、って疑ってしまったわ。ごめんなさい。こんな素敵な人達が危険なワケがないものね。ちゃんと否定してもらえて良かったわ。
「では、もしかして、その手紙はニコラス様とカイト様の恋人や婚約者の方が仲を誤解したとか、それか噂になるといけないから忠告してきたとかそういう話ですか?」
それなら納得できるわ。自分の恋人や婚約者が他の女性と親しくしていると知ったら嫌だろうし、そういう噂が立ったら二人の評判も良くないだろうから。ついでに私の評判も。それで忠告してくれたのかもしれない。
「いや、殿下も俺も婚約者はいないし、俺は恋人すらいないぞ?」
カイト様が私の両肩を掴んで必死な様子だ。
「私も恋人いないからね」
ニコラス様もカイト様の横から顔を出して私の顔をじっと見つめて言った。
そっか、二人とも恋人いないのね。良かった。って、何喜んでいるよ、私ったら。でもこれでモヤモヤがなくなった気がする。
「なるほど、では気にしなくても大丈夫ですね。安心しました」
「これで差出人の気が済んで何も起こらなければいいけどね。もし何かして来るようだったら……カイト、分かっているね」
ニコラス様が静かに怒っているように見えた。カイト様が真剣な顔で頷いた。
「メイナ、しばらく一人で外出しないで下さいね。何かあれば私が付き添いますから」
セドリックさんが心配してくれているのが分かる。
「俺も付き合うから遠慮なく言ってくれ」
カイト様がにっと笑って言った。
「いや、君はダメだよ。当事者なんだから、相手を刺激しないとも限らないからね?」
ニコラス様がじろりとカイト様を睨んだ。
「ま、まあそうですね、でもこの店に来るのは普段通りで問題ないでしょう?」
カイト様が頭を掻きながらニコラス様を横目で見た。
「ああ、急に態度を変えて相手に気付かれれば自棄になって助長しないとも限らないからね。私達は普段通りにしてよう」
ニコラス様がニッコリ笑って言った。
「私は婚約者も恋人も、熱烈な思いを寄せてくる女性もいません。私の傍が一番安全ですから、これからは出来るだけ傍にいます」
セドリックさんが咳払いして言った。
こんなに素敵なのにセドリックさんの周りの女性は見る目ないのね、私ならっ……て、また何考えているのよ、私は。そんなこと考えている場合ではないわ。
「ご心配ありがとうございます。何かあったら今度からはちゃんと皆さんに相談しますね」
三人にこれ以上心配されないように、笑顔を見せた。
流石に今、何が危険なのかよく分からないなんて言ったら、三人に怒られるか笑われるのかなぁと思いながら、顔に出さないように気を付けるしかなかった。
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