今日のお客さんはベレルさんとセドリックさんとカイト様とニコラス様。常連さんで席が埋まってしまうので、外のテラス席が出来る前に店内にもう一席取り急ぎ作ってもらった。ニコラス様がお忍びでやってきているので、他の人と相席にならないように、大体この四人が一つのテーブルに座っていることが多い。
毎日来ているけど、王子様って暇なのかしら? カイト様は王子様の護衛なのかな?
つい視線を向けてしまい、ニコラス様と目が合ってしまった。にっこりと笑ったニコラス様の笑顔が眩しい。
ぺこりと会釈して誤魔化した。
店のドアが勢いよくあいて、トゥールくんが慌てた様子で入ってきた。
「メイナさん、大変だ!」
トゥールくんの顔が青ざめている。
「どうかしたの?」
「レストの兄ちゃんが!!」
トゥールくんが泣きそうな顔で叫んだ時、二人の男性に肩担がれてレストさんが入ってきた。
「レストさん、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ると、レストさんは。
「メイナ……」
レストさんがメイナの方に手を出そうと前のめりになり、バランスを崩して倒れてきた。
脇二人の男性が慌てて支えて、床に寝かせた。
「悪りぃ……しくじっ……ちまった」
レストさんが絞り出すような声で言った。
「レストさん、しっかりしてください!」
レストさんの顔色が青ざめていて、明らかに危険な状態だと分かった。全身を見ると、左腕の肘から下が切り落とされ、火で焼いて血止めされているみたいだった。
ステータスを確認すると、出血多量、毒に侵され、手足が麻痺していて瀕死の状態だった。
「レストの兄貴は俺達を庇ってこんなことに……。油断していた俺のせいなんだ! アンタに会いたいって言うから連れてきたけど……」
男性が悲壮な顔で今にも泣きそうだった。
「私は薬屋ですから! 今、薬を!」
私はまず毒消しの薬を取り出して、レストさんの頭を起こして飲ませようとした。薬瓶をレストさんの口につけるが、意識が朦朧としているのか、薬がこぼれてしまう。
もう一本取り出して、今度は自分の口に薬を含み、レストさんの口を手で開けてから口移しで飲ませてみた。
ごくっ。レストさんの喉が鳴った。
良かった。これで毒はなくなるわ。次は貧血を何とかしなくちゃ。
次に全回復の薬を取り出し、また同じように飲ませた。
これで貧血や失われた体力などは戻ってくる。ひとまず命の危険は去ったわ。顔色が良くなってきたから、あとは麻痺ね。
今度は異常状態回復の薬を取り出し、また飲ませた。
「んっ……んはっ…」
あれ? レストさん? レストさんの舌が私の舌に絡みついてきた。
「んんー」
レストさんが私の頭をがっちり抑えて口を話してくれない。息が苦しくて手をバタバタさせて抵抗した。
「何しているんですか! 離して下さい」
セドリックさんの声が聞こえた。
「おいっ! 離せ!」
カイト様の声が聞こえたと思ったら、レストさんが離れた。というより、強引に二人によって引き離されたみたいだった。
「いいところで邪魔すんじゃあねえよ」
レストさんがカイト様とセドリックさんを睨んでいった。
「ほう、いい度胸しているな? やっぱりここは決着をつけておくべきだったか」
カイト様も負けずに睨み返した。
「強引な男は嫌われますよ」
セドリックさんもレストさんを睨みつけていた。
強い視線を感じて主を探すと、ニコラス様がにこにこしていた。
「メイナさん、あの王子様、ずっとにっこり笑っているけど、目が笑っていない気がする」
トゥールくんが私にこそっと囁いた。
「今お客さん来たらビックリするから、鍵閉めてくる」
そう言ってトゥールくんが慌ててドアに向かった。
それと入れ違いにニコラス様が私に近づいてきたと思ったら、ハンカチを取り出し、私の唇を拭いた。
「唇を奪うとは、許せないね」
ニコラス様が呟いた。
そうだ、私、初めてのキス……、いいえ、これは人命救助よ! 決してキスじゃないわ。ええ、最後は怪しかったかもしれないけど、これはノーカンよ!
胸がドキドキして頬が赤くなるのを必死で言い訳してこらえた。
だって、レストさんが死んじゃうと思ったんだもの。これは人命救助なんだから!
「女からの口づけに応えないワケにはいかないだろう?」
レストさんがニヤリと挑発するような笑みを見せた。
「薬を飲ませただけだろう? 調子に乗るなよ?」
カイト様が不機嫌を顕わにして言った。
「ただの人命救助ですよ」
セドリックさんも怒っているみたいだ。
私の為に怒ってくれているのかな? でも大丈夫、私忘れるから!
「メイナ、私の口で消毒してもいいかな?」
ニコラス様がにっこり笑っている。
ニコラス様の顔が近づいてくる。
「え? あ、あの……」
イケメンのドアップなんて、ドキドキしちゃって声が出ないよ。ちょっと待って、消毒ってどういう意味ですか?
「おい、王子様よぉ、ドサクサに紛れて、何してやがる?」
レストさんがニコラス様に向かって言った。
相手は王子様ですよ? 不敬罪にでも問われたらヤバイですよ!
「殿下、何しようとしているのですか?」
セドリックさんが不機嫌な口調で言った。
「殿下、お戯れはおやめ下さい」
カイト様が真顔で言った。
「私の口で消毒しようかと聞いたら、メイナが何も言わないから、いいのかと思ってね」
ニコラス様がにっこり笑っている。
「え? あの、消毒は大丈夫ですからっ」
取り敢えず意味は分からないけど、私の心臓が持たないので、お断りした。
「そう、残念だ」
ニコラス様は顔を離すと、親指で私の唇を軽くなぞった。
何かゴミでも付いていたのかな?
「油断も隙もありゃしねぇなぁ」
レストさんがニコラス様を睨んで言った。
「貴殿に言われたくはないね」
ニコラス様がにっこり笑っている。
「殿下も殿下ですが、レスト殿には言われたくないな」
カイト様がニコラス様を牽制するような目で見たかと思うと、再びレストさんを睨み付けた。
「同感です」
セドリックさんが頷いた。
何でこんな険悪な雰囲気に?
そう思いながらレストさんを見たら、左腕の焼いた部分は綺麗に治っていたけど、そこから先はないままだった。
「レストさん、ちょっとじっとしていて下さい」
レストさんに近づいて声をかけながら左腕に触れた。
無くなった肘から下の部分をイメージして魔力を注いだ。
どうか元に戻りますように!
祈りを込めて更に魔力を込めた。
すると、レストさんの左腕が金色の光に包まれた。
光が消えた代わりに、腕が元に戻っていた。
「う、腕が戻って、る?」
レストさんが驚きのあまり固まっていた。
他の人もビックリして声が出ないみたいだ。
「レストさん、痛くないですか? 動かしてみてもらえますか?」
レストさんに声をかけた。
「あ、ああ」
レストさんは戸惑いながら左腕から左手をゆっくり順番に触り、手をグーパーして動かした。
「動く、動くぞ!」
レストさんが喜びの声を上げた。
「レスト兄、良かったな! お嬢さん、ありがとう。もしレスト兄が死んでいたら、生きていても冒険者に戻れないんだったら、俺は一生後悔していたと思う。ありがとう」
「ありがとうっス。マジすごいっス」
レストさんの仲間らしき男性達が涙を流して頭を下げた。
「そんな、私は自分の出来ることをしたまでです。ダメ元でやってみたら成功しただけなんです。私だってレストさんを助けたかったから」
つられて涙が出そうになった。
「ありがとな! メイナは俺の命の恩人だ。俺がお前を一生守るぜ!」
レストさんが私を抱き抱えてお姫様だっこした。
「あ、ちょ、ちょっと、あの」
皆が見ている前で恥ずかしいし、逞しい腕に抱かれて、プロポーズみたいでドキドキするし、はっきり言って死にそう。
「おい、離せ、メイナが嫌がっているじゃないか!」
カイト様が怒ったようにレストさんの腕を掴んだ。
「彼女を離して下さい」
セドリックさんも怒ったように言った。
「メイナを離しなさい」
ニコラス様が珍しく真顔だった。
しばらく三人がレストさんを睨んでいたような気がした。
「分ぁった、メイナは嫌がっていないと思うが、まぁ邪魔が入ったから仕方がねぇか」
レストさんがため息を吐きながら、私をそっと下した。
とにかくレストさんが助かってよかったわ。私はほっと胸を撫で下ろした。
「この辺ではっきりさせた方がいいか?」
カイト様が真顔で言った。
「それもいいねぇ」
レストさんが腕を組んで言った。
「宣戦布告というわけかな?」
ニコラス様がにっこり笑って言った。
「メイナの気持ちを尊重しなければいけません」
セドリックさんが真顔で言った。
巻き込まれないようにと放置していたら、レストさんとカイト様、セドリックさんとニコラス様の言い合いがヒートアップしてきた。特にカイト様とレストさんが今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな亊の方がヤバイ。
「もう、何で喧嘩しているんですか? 喧嘩や手合わせは外でやってくださいね!」
精一杯の大声を張り上げた。
「メイナさん、大変だね」
何故かトゥールくんに同情されてしまった。
読んでいただきありがとうございました。
宜しければご感想など頂ければ嬉しいです。