キッチンで朝食の準備をしていたら、トゥールくんが目を擦りながらやってきた。
「おはよう。よく眠れた? すぐ朝食を用意するから、洗面所で顔と手を洗っておいで」
「わかった」
トゥールくんが頷くと回れ右してキッチンから出て行った。
「おはよう。朝食も用意してくれているのか。悪いな」
入れ違いにレストさんが起きてきた。
「おはようございます。簡単な物ばかりですけどね。レストさんも手と顔を洗ってきてくださいね」
「はいはい」
レストさんが少し笑いながらキッチンを出て行った。
なんか家族みたいな会話だわ。って、私ったら何考えているのかしら! 何だか恥ずかしいわ。
三人揃ったところで、朝食を食べ始めた。
「トゥールくん、あなたさえ良ければ、ここで住み込みで働かないかな?」
トゥールくんの様子を窺いながら言った。
「えっ?」
トゥールくんがビックリして食事の手を止めた。
「私一人でやっているのだけど、最近忙しくなってきたし、そんなにお給金は出せないかもだけど、住み込みで食事も付けるから、どうかな?」
昨日既に考えていたんだけど、話しそびれてしまったからね。やっぱりほっとけないし、手伝ってほしいのは本当の事だから。
「……いいの?」
トゥールくんが上目使いでじっと私を見た。
うう、カワイ過ぎる! 弟がいたらこんな感じかしらね。
「ええ! あなたさえ良ければ、今日から少しずつ仕事を教えるわ」
「わかった。ありがとう! ここに住んで働く。頑張るから」
トゥールくんが満面の笑みで答えた。
「坊主、良かったな!」
レストさんがトゥールくんの頭をグシャグシャと撫でた。
「へへへ」
トゥールくんは怒って払いのけることもなく、ニコニコしていた。
朝食を食べ終わってゆっくりしていたら、お店のドアの呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。
ベレルさんかな?
お店に出てドアを開けると、ベレルさんとセドリックさんが外で待っていた。
「いらっしゃいませ」
「また早く来てしまったようだのう」
ベレルさんがすまなさそうに言った。
「いえ、どうぞお入りください」
中に案内すると、また一人お客様がやってきた。
「すまない、開店前だったか?」
カイト様だ。今日は私服だからお仕事はお休みなのかな?
「どうぞお入り下さい。今日は何をご用意いたしましょうか?」
「今日は緑茶と紅茶の葉が欲しい。この前買っていったら、母が大変気に入ったみたいで、頼まれた。あと、何かここで飲みたいな」
カイト様が嬉しそうに言った。
「かしこまりました。ベレルさん達と相席になりますが、座って待っていて下さいね」
先にカイト様の注文を受けてしまったから、ベレルさん達にも急いで注文を尋ねた。
「ベレルさんとセドリックさんは何にいたしましょうか?」
「ワシは水羊羹がいいのう」
「私はお任せでお願いします」
セドリックさんはいつもお任せというか、食べた事がない物がいいみたいなのよね。
「かしこまりました。少しお待ち下さい」
キッチンに戻って準備しようとしたら、トゥールくんが近づいてきた。
「お客さんならオレが手伝えることある?」
「そうね、少し待っていてくれる? 準備したらお願いしたい事があるから」
トゥールくんが頷いて椅子に座った。
これからは作り置きした物をトゥールくんでも取り出せるように、アイテムボックス以外の何かを考えないといけないかな。
トレーを三つ置き、三人のご要望に合わせて用意した。
「トゥールくん、このトレーを持って私に付いて来てくれる?」
「うん、分かった」
私がトレーを二つ運び、トゥールくんに一つ任せて店に戻った。
「お待たせしました」
振り返ると、トゥールくんが零さないにと緊張しているみたいだった。
「『お待たせしました』と言って、そのトレーの中身を奥に座っているおじいさんの前に置いて」
小声でトゥールくんに指示した。
「お待たせしました」
トゥールくんがベレルさんの前に緑茶と水羊羹を置いた。
「ありがとう。メイナ、店員を雇ったかのう」
「はい。今日から住み込みで働いてもらうことになったトゥールくんです。トゥールくん、こちらがベレル・ダムラトリーさんで、こちらがお孫さんのセドリックさん、そしてこちらがカイト・アクフェルト様、皆さまこのお店の常連さんなので覚えてね」
三人を紹介しながら、セドリックさんにはフルーツティとミルク寒天を、カイト様にはハーブティとフルーツゼリーを置いた。
「こんにちは。トゥールです。よろしくです」
トゥールくんが自分で挨拶した。
「よろしくのう」
ベレルさんが優しい顔して言った。
「よろしくな」
カイト様が爽やかな笑顔で言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
セドリックさんが子供相手にも敬語で少し笑えた。
受け入れられたことで、トゥールくんが照れ笑いしている。
「こんにちは! 傷薬と毒消しと古傷の薬はいくらですか?」
隣の騎士さん達とは色が違う騎士服を着たお客さんが薬を求めてやってきた。
「傷薬が一本銀貨一枚と銅貨五枚、毒消しは銀貨二枚、古傷の薬は金貨一枚になります」
「安っ! やっぱり本当だったんだ。じゃあ傷薬七本と毒消し三本と古傷の薬は一本下さい」
「分かりました。少々お待ち下さい」
カウンターに戻り、多数買う人用に作った薬瓶専用巾着袋に薬を入れた。薬瓶にはこっちの世界の文字で商品名を刺繍した布を紐で括りつけるようにしたから、間違えないと思うけどね。本当は瓶にも商品名入れた方が良かったのかもとちょっと思っている。
「お待たせしました。注文の商品です。ご確認下さい。全部で金貨一枚と銀貨八枚と銅貨五枚になります」
商品を渡すと、お客さんは巾着袋の中を一つずつ確認した。
「メイナさん、代金は合計で金貨一枚と銀貨九枚と銅貨五枚だよ」
トゥールくんがこそっと私の耳元で言った。
「え? えーっと、――あ、ホントだ。計算間違えちゃった!」
やだ、単純な計算ミス。トゥールくんに指摘されなかったら気が付かなかったわ。
「すみません、お客さん、計算間違えてしまったので、金額訂正させて下さい。金貨一枚と銀貨九枚と銅貨五枚になります」
慌ててお客さんに頭を下げて謝りながら訂正した。
「問題ないですよ、はいこれ」
お客さんは金貨二枚渡してきた。
「では銅貨五枚のお釣りになります。ありがとうございました」
お釣りを渡すとお客さんは帰っていった。
「しっかりした賢い子だのう」
ベレルさんが感心したように呟いたのが聞こえた。
「メイナ、着替えありがとな。俺はもう帰るよ」
レストさんが家側のドアから現れた。昨日来ていた服を洗って乾かして置いておいたのに着替えていた。
「もう少しゆっくりしていってもいいんですよ? まだちゃんとお礼もしていないですし」
「メ、メイナ! その御仁は?」
カイト様が突然勢いよく立ち上がった。
「あっ!」
セドリックさんがレストさんの顔を見て、声を出して驚いた。
レストさんのこと知っているのかな?
「実は――」
昨日冒険者ギルドで助けてもらってから今に至るまで話した。
「と、泊まった⁉」
カイト様が声を上げ、セドリックさんが飲み物を吹き出しそうになって咳き込んだ。
「もう夜でしたし」
カイト様は何か言いたそうな顔をしていて、セドリックさんはため息を吐いていた。ベレルさんは相変わらずにこにこしていたけど。
「セドリックはあの男の事を知っているのか?」
カイト様がセドリックさんに尋ねた。
「冒険者ギルドでSランクに推薦されたのに、束縛されるのが嫌でAランクから上がろうとしないという噂の王都最強と言われるあのレスト殿ではないかと」
「ほう。あの噂の――」
カイト様がちらりとレストさんを見た。
「呼んだか? 俺はアンタ知っているぜ? 貴族でありながら王都最強の騎士に選ばれたあのカイト・アクフェルト様、だろ? そっちは有名人だからな」
レストさんがニヤっと挑戦的な笑みを浮かべた。
「貴族の騎士なんてたくさんいる。身分と強さは関係ないと思うがな」
立ったままのカイト様がレストさんを睨みながら一歩、レストさんに近づいて言った。
「へぇ、流石は第一騎士団団長様というところか」
レストさんもカイト様を睨みながら、カイト様に一歩近づいた。
「レスト殿には一度手合わせ願いと思っていた。ここで会ったのが何かの縁かもしれないな」
カイト様がまた一歩近づく。
「光栄な事だが、こっちは荒っぽい冒険者なんでな。騎士様と違って堅苦しくてお綺麗な戦い方なんてできねぇぜ?」
レストさんもまた一歩近づく。
何だか不穏な空気になってきた? 二人とも腕試ししたいのかな? でもここお店だからね、室内だから!
セドリックさんは固唾を飲んで二人の様子を窺っている。相変わらずベレルさんはにこにこしていて動じていないみたい。
ここは店主である私が何とかしなくては。
「あ、あの! 試合とかなら外でお願いしますね!」
二人の間に入って、少し大きめの声できっぱり言い切った。
「ぶっ、はははっ」
セドリックさんのツボに入ったらしい。何か面白いことでもあったのかしら? それとも笑い上戸かな?
「メイナには敵わないな」
カイト様が苦笑いした。
「フッ、面白れぇ女だな」
レストさんも苦笑いしていた。
「もう、皆さんそうやって笑って! セドリックさん、笑い過ぎですよ!」
何が面白いのかよく分からないけど、先程までの変な空気がなくなったのでよしとしましょう。
和やかな雰囲気に安堵して胸を撫で下ろした。
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