オープンから二週間が過ぎた。
心配していたけど、程よくお客様が来てくれて、何とかお店は経営出来ている。
「おはよう、メイナ」
ベレルさんがやってきた。オープンから毎日何かと顔を出してくれている。
「おはようございます。今日は何にいましょうか?」
私の手作りのお菓子とお茶を気に入ってくれて、喫茶店に来るノリで毎日来ている気がする。
「そうだのう。煎餅と緑茶がいいのう」
「分かりました。少々お待ち下さい」
台所で準備してすぐに戻ってきた。
ベレルさんはいつもと同じように座って待っていた。
「お待たせしました」
テーブルに煎餅と緑茶を置くと、ベレルさんは嬉しそうに食べ始めた。
「うん、うまい。この塩加減が絶妙だのう」
ベレルさんは今日もニコニコしながら堪能していた。
そんなベレルさんを横目でみながら、昨日新しく作った小物を商品棚に並べていた時だった。
勢いよく入り口のドアが開いて、息を切らせながら男の人が入ってきた。
「いた! お祖父さん、探しましたよ! ここで何をしているんですか!?」
丁寧な口調だけど大きい声。
ベレルさんがビックリして振り返った。
「よくここが分かったのう」
ベレルさんの口調は至っていつも通り。お茶を飲んでため息を吐いた。
「最近毎日出かけていると思ったら、この店に通っていたんですね。御者が白状しましたよ。父が今日は大事な用事があると言っていたでしょう? 早くお戻り下さい」
男性が少しイラついた様子で言った。
「他所のお店でそうカリカリするでないのう。お前もこっちに来て座るといいのう」
ベレルさんがそう言うと、男性はイラついた様子でベレルさんと向かい合って座った。
「メイナ、騒がしくてすまんのう。これはワシの孫のセドリックという」
ベレルさんが男性を紹介した。
「セドリック、こちらはメイナ。この店の主でのう。挨拶せい」
ベレルさん、私の事をご家族になんて話していたんだろう? このお店に来ていたことは内緒にしていたみたいだけど。
「申し遅れました、セドリック・ダムラトリーです。祖父の商会で働いています。先程はお騒がせして申し訳ありません」
セドリックさんが立ち上がって、丁寧に挨拶した。でも私を見る表情は少し怪訝そうな顔をしていた。
「メイナ・カミナカです。ベレルさんには大変お世話になりました」
「お世話ってまさか、愛人ではないでしょうが、隠し子とかではないでしょうね?」
セドリックさんが眉を顰めて言った。
「セドリック! 失礼なことを言うでないのう。旅先で知り合った娘さんで、とても気立ての良い優しいお嬢さんでのう」
セドリックさんがジロジロと睨むようにこちらをじっと見ている。
「ベレルさんは大切な恩人で、ご家族をとても大切になさっている方です。隠し子なんてとんでもないです!」
誤解しているから、そんな顔で私の事を見てたいたのね。誤解を解かなくちゃ。
「そうですか。……失礼しました。祖父が家族に内緒で毎日足繁く通っているみたいでしたので、勘繰ってしまいました。申し訳ありません」
セドリックさんが頭を下げた。
意外と素直? でも誤解が解けたみたいで良かったわ。
「いえ、気にしていません。どうか頭を上げて下さい。まだお時間が大丈夫でしたら、待っていて下さい」
急いで台所に行き、ハーブティとクッキーを用意して戻ってきた。
「どうぞ、お召し上がりください」
セドリックさんの目の前に用意したお茶セットを置いた。
「これは?」
「飲み物はハーブティです。お菓子はクッキーです。私の手作りなので、お口に合うかわかりませんが、よろしかったらどうぞ」
「ありがたく頂きます」
セドリックさんがハーブティを一口飲んだ。
イライラしているみたいだったから、このハーブティにはリラックス効果のある薬草を少し混ぜてあった。
「――美味しい」
セドリックさんがぼそっと呟いた。
眉間の皺が消えて、表情が和らいできた気がした。
改めて良く見ると、セドリックさんはとても整った顔をしていた。
いわゆるイケメンってやつですね。カイト様とはまた別のタイプのイケメンで、理知的な雰囲気だわ。
「飲んだことのない味ですが、これはどこで購入した物ですか?」
「えっと、これは、前の住人が育てていたものを引き継いだ紅茶と私が庭で育てている薬草をブレンドしたものです」
「え? 貴女が?」
セドリックさんが目を見開いて言った。
「はい。この店の商品もお出しするのも全て私の手作りなんです。薬は注文制ですけど、お茶は商品棚にもありますし、希望があれば、お客様に合せてブレンドすることもできます。セドリックさんにはイライラを解消するハーブティをと思い、カモミールとレモンバーベナとラベンダーをブレンドしてみました」
「――そうでしたか。若いのに薬草に詳しいのですね」
セドリックさんの口元がフッと和らいだ気がする。
「すると、薬も貴女の手作りですか?」
「ええ。色々な商品を取り揃えています」
セドリックさんが立ち上がって、店内の商品棚を見始めた。
「これ、全てメイナさんが?」
「ええ、そうです」
「ん? こんな商品見たことがない。これ、これも……うちは勿論、王都で取り扱っているお店はないですね!」
セドリックさんが商品を手に取っては何かブツブツと呟いている。
「――お祖父さん、何故うちの商会で取引しないのですか?」
セドリックさんが突然振り返って、ベレルさんに話しかけた。
「ワシはメイナを孫娘のように思っているからのう。ここは癒しの空間、不思議と商売しようとは思わなくてのう」
ベレルさんがニコニコして言った。
「商魂たくましいお祖父さんが⁉ 父さんが聞いたら気絶して倒れますね」
セドリックさんが驚いた様子でベレルさんを見た。そして私の方を見て言った。
「薬はどのような物を扱っているのですか?」
「えーと、主にこの表の薬を扱っています」
価格表の為に作った一覧表をセドリックさんに手渡した。
「え? これ全部ですか!? 薬の調合が難しいと言われる薬まで……。薬といい棚の小物や生活用品といい、ジャンルも様々ですし、完成度も高そうですね。――貴女、一体何者ですか⁉」
セドリックさんが驚きながらも、探るような目で私に詰め寄ってきた。
――何と答えればいいのかしら。
返答に困る。でも答えないと余計に不審に思われるかもしれない。
「セドリック、そう女性を質問攻めにするでないのう。人には話したくない事もあるだろうて、根掘り葉掘り尋ねるのは、ちと紳士とは言えんのう」
ベレルさんがセドリックさんを窘めた。
「メイナさん、重ね重ね申し訳ありません」
セドリックさんがバツが悪そうな顔で謝った。
返答に困ったから、ベレルさんに感謝だわ。
「いいえ、気にしていませんから。それより冷めない内にお茶をどうぞ」
私は精一杯の笑顔で応えた。
「ありがとう。貴女は――いえ、何でもありません」
セドリックさんは複雑そうな顔で私を見つめたかと思うと、席に座った。
「確かに――お祖父さんの気持ちも分かりますけどね」
セドリックさんはお茶を飲みながら、小さく呟くように言った。
とにかく正体を問い詰められることもなくなって、ほっと肩を撫で下ろした。すると、
「こんにちは!」
店の扉が開いて、もう一人のイケメン、いえカイト様が入ってきた。
「いらっしゃいませ。カイト様、今日は何をご所望ですか?」
「そうだな、傷薬を二本と火傷の薬二本、あと何か飲み物をもらえるか」
「はい。ありがとうございます。すぐにご用意いたしますのでお待ちください」
急いで台所に行くと、飲み物あとお茶請けを準備して戻ってきた。
テーブル一つに椅子が四脚しかないから、ベレルさん達とカイト様が相席していた。
「お待たせしました。今日はリムルの実を使った果実ティーにしました。お茶請けはピナ豆を揚げて塩をまぶした物です」
カイト様の前に差し出した。リムルの実というのは、見た目も味もリンゴに似ている。
「ありがとう」
そう言ってカイト様が果実ティーを口に運んだ。その後豆も一粒食べた。
「美味い。この豆の塩加減と果実ティーがとてもよく合うな。メイナの作る物はどれも本当に美味しい。この時間が最高の癒しだ」
「ありがとうございます」
カイト様の笑顔に私も癒されます。
「それにしても、ダムラトリーさんのお孫さんもここの常連とは知らなかったです」
カイト様がベレルさんに話しかけた。
「いや、セドリックは今日が初めての来店ですのう。ついに家族にワシの秘密の癒し場所がバレてしまいましたのう」
「そうでしたか。――確かに、秘密にしたい場所、ですね」
カイト様が優しく口元を緩めた。
「秘密って何ですか? 別に宣伝しなくてもいいですけど、私が生活出来るぐらいにはお客様がきてくれないと困りますよぉ」
私は冗談ぽく少し拗ねてみた。
「メイナ、拗ねた顔も悪くないな」
カイト様が笑って言った。
ベレルさんも楽しそうに笑っていた。
セドリックさんを見ると、ちょっと吹き出しそうになるのを我慢しているようだった。
「セドリックさん、大丈夫ですか? もう! カイト様が変なこというから、セドリックさんが咽てしまったみたいですよ。冗談も程ほどにしてくださいね」
セドリックさんにハンカチを差し出すが、口を押えながら、必要ないというサインのように反対の手を横に振った。
「冗談のつもりはなかったんだが――」
カイト様が言いかけでやめた。
セドリックさんがカイト様と私を交互にマジマジと見ていた。
「お祖父さん、もしかして私達はお邪魔なのではないですか? 団長様が通っている目的は明らかですよね?」
「大丈夫だのう。まだ一方通行のようだでのう」
セドリックさんがほっとしたような顔をしていた。
「?」
セドリックさんとベレルさんの話がよく分からなくてきょとんとしてしまった。
「――ゴホン、メイナ――」
カイト様が咳払いして言いかけた時だった。
「メイナ、自転車の試作品を作ってみたから、ちょっと外に来てくれ」
店に入るなり、ドルバルさんが言った。
「ドルバルさん、こんにちは。もうできたのですか? すぐ行きます!」
私がそう言うと、ドルバルさんはまたすぐに外に出て行った。
「すみません、ちょっと外にいますね。皆さんはゆっくりしてってください」
三人に向かってそう言い残すと、店の外に出た。
ドルバルさんが自転車を持って待っていた。
「うわぁ、すごいです。見た目は想像していた通りですね」
「いや、まだ改良しないとダメだと思うが、取り敢えず試してくれるか」
「はい」
自転車を受け取ると、少し離れて乗ってみた。
高さは足が着くぐらいでちょうどいいけど、座り心地は思ったより硬い。ペダルに足を乗せて軽く漕いでみた。
「――きゃあー!」
漕ぎ始めてすぐ、自転車がうまく進まずに派手に転んで自転車の下敷きになってしまった。
「イタタタタ……」
「大丈夫か?」
ドルバルさんが慌てて自転車を起こした。
「どうかしたのか? 悲鳴が聞こえたが……」
カイト様が心配そうに駆け付けた。
「大丈夫ですか?」
セドリックさんも心配そうに声をかけてきた。
私の叫び声が聞こえたみたいだ。
遅れてベレルさんも店から出てきたのが見えた。
カイト様が倒れた私を起こそうとした。
「一体何があったんだ?」
「ドルバルさんが作ってくれた自転車を試乗したら、転んでしまって――イタッ!」
起き上がろうとしたら足に痛みが走った。
転んだ拍子に足を痛めたみたいだわ。
「怪我したのか?」
カイト様が更に心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
セドリックさんも心配そうな顔をしている。
「ちょっと足を怪我したみたいです」
苦笑いして言った。
「分かった。じっとしていてくれ」
そう言うと、カイト様が私を抱き抱えた。
ヒャー⁉ これってお姫様抱っこというやつじゃないの? 騎士様の腕は逞しいのね。って、そんなこと考えている場合じゃないわ。恥ずかしくて死にそう。カイト様、降ろしてぇ!
「あの、大丈夫ですからっ、降ろしてくださいっ!」
恥ずかしさのあまり、顔が熱くなった。
カイト様は絶対聞こえているハズなのに、スルーして店の中の椅子まで私を運んだ。
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしくて小さな声でお礼を言った。
「薬はどこにある? 取って来るから場所を教えてくれ」
カイト様が心配してくれているのが良く分かった。でも、薬はアイテムボックスの中だし、売り物を使うのは勿体ない。
「大丈夫、心配いらないです。――ヒール」
自分自身に治癒魔法をかけた。すると痛みはすぐに引いた。
「メイナさん、治癒魔法も使えるのですか?」
セドリックさんがビックリして声を出した。
カイト様もベレルさんも驚いた顔をしていた。
そんなに驚くことなのかしら?
「あ、はい、自分の怪我で売り物の薬を使うのが勿体なくて」
テヘ、とつい苦笑い。
カイト様とセドリック様は唖然としているし、ベレルさんは笑っていた。
何か変な事を言ったのかな?
「お祖父さん、知らなかったのですか?」
セドリックさんがベレルさんに詰め寄った。
「そうだのう。すごい薬が作れるのは知っていたが、流石に治癒魔法の事は知らなったのう」
「ベレルさんと旅をしていた時は薬作れなかったですし、治癒魔法もまだ使えなかったですから」
何故か私がフォローしてしまった。
「いや、そんな急に魔法が使えるなんてことないでしょう? 普通は素質があって誰かに教わらない限り習得できないですよ」
セドリックさんがグイグイ突っ込んでくる。
「そうなのですか? たまたま引退する薬屋さんから本を頂いて、試したら出来たので」
嘘は言っていないのだけど、セドリックさんは納得してないという顔をしていた。
これはマズったかな?
「独学で⁉ 元々素質はあったのでしょうけど、本を読んだだけで魔法が使えるようになるなんて聞いたことが――」
「セドリック! またお前さんは質問攻めにしているのう。何度も同じ事を――」
「はいはい、分かりましたっ! すみませんでした」
セドリックさんが不機嫌そうに言った。
見た目はより返って親しみやすいかもしれない。
「メイナ、何度もすまないのう。昔から気になる事があると納得いくまで知りたがる子でのう」
ベレルさんがすまなさそうに言った。
「知りたいと思うことは悪いことじゃないですから」
私は心からそう思って微笑んだ。
「メイナ、大丈夫か?」
ドルバルさんが心配そうに店の中を除いた。
「はい、大丈夫です。もう治りましたから」
私は笑顔でOKのポーズを取った。
「すまない、不完全な物を作ってしまって」
ドルバルさんが申し訳なさそうに言った。ちょっと落ち込んでいるのか、項垂れている。
「いえ、私のうろ覚えの説明で作ってもらって、こちらこそすみません」
私は立ち上がると、また店の外に出た。三人も後ろから付いてきた。
「どうして少ししか進まなかったのかな? ドルバルさん原因分かりますか?」
「そうだなぁ、ペダルと車輪がうまく連動してないのかもしれん」
「やっぱりチェーンの部分の部品の記憶が曖昧なのが問題なのかなぁ」
私はガックリして呟いた。
いつの間にかセドリックさんが自転車に近づいて、顎に手を当てながら食い入るように見ていた。
「メイナ、素材を変えて俺なりに改良してみてもいいか?」
ドルバルさんが何かを思いついたような顔をしていた。
「はい、お願いします」
「じゃあ、すぐにでも帰って作業に取り掛からせてもらう」
挨拶もそこそこにドルバルさんが自転車を担いで帰っていった。
「メイナ、今のが自転車とかいう物だったのかのう」
ベレルさんが興味深々に尋ねた。
「はい、無理言って特注で作ってもらっているんです。素材集めや買い物の時に歩きだと時間かかりますし、馬車だと高くつくので、移動手段に使いたくて」
「自転車? そんな乗り物は聞いたことありませんね。さっきのアレですよね? 完成したら是非見せていただきたい、というか乗ってみたいです!」
セドリックさんも興味深々の様子。さすがベレルさんの孫、血は争えないってことね。
「分かりました。完成したらお知らせしますね」
吹き出しそうになるのをこらえた。
「貴女は大人顔負けの知識を持っているかと思えば、少々お転婆のようで少女らしい一面も持っていて、――全く目が離せませんね」
セドリックさんがクスっと笑みをこぼした。
「今度は怪我しないようにな」
カイト様の顔に心配って書いてある。
「大丈夫ですよ。ドルバルさんは腕のいい職人さんですから、次はもっと改良されてくるはずです」
自信満々に、勝手にドヤ顔で言ってしまった。
カイト様が声に出して笑い、セドリックさんが噴出しそうになるのを口で押えていて、ベレルさんは微笑ましいと言わんばかりに目を細めて温かい目で見ていた。
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