異世界で逆ハーレムってアリなんですか?

 翌朝、一人でバルーガさんの工房を訪ねた。
「おはようございます、メイナです。バルーガさんはいらっしゃいますか」
 工房の入り口で、大き目な声でバルーガさんを呼ぶと、奥からバルーガさんが欠伸をしながらやってきた。
「あらぁ、いらっしゃい。今日はあのいい男は一緒じゃないのねぇ。サンプル出来ているわよぉ。さあ、中に入って」
 バルーガさんに促されて中に入った。
 テーブルの上に細長いシルエットで透き通った透明色で綺麗な薬瓶がたくさん置いてあった。
 香水でも入れた方が似合いそうだわ。
「どう? イメージ通りならいいのだけど」
「はい、とても素敵です! 手に取ってみてもいいですか?」
「いいわよぉ。模様も確認してみて」
 薬瓶の一つを手に取って観察した。
 真ん中に、『傷』と浮き出ていて、反対側には新芽のマークが浮き出ていて、その下にこちらの世界の文字で『オアシス』という文字も浮き出ていた。
「すごい! 綺麗で軽い上に、文字とマークが分かりやすいです!」
 感激して声が上擦ってしまった。
 他の瓶の漢字もとてもよく出来ていた。文字数が多くて細かいものでも、注文通りに出来ていた。
「そんなに喜んでもらえるなら、徹夜したかいがあったわぁ」
 バルーガさんが目を細めて嬉しそうに言った。
「え? すみません、無理させてしまって。それで、代金はいくらになりますか?」
 徹夜させてしまって申し訳なくなった。
「そうねぇ、他の薬瓶より少し手間がかかっているけど、新しい試みもさせてもらったから、安くしてあげるわぁ。今後もお付き合いありそうだし。本来なら模様別に値段を変えるところなんだけど、種類も多いから、計算も面倒だしねぇ。一本銅貨二枚でいいわ」
「え? 安すぎないですか?」
 思わず口に出てしまった。
「うふ。ここだけの話だけど、一本分の材料費なんて大したことないのよぉ。あとは私の技術料ってところね」
 バルーガさんがニッコリ笑って言った。
 そうなの? 私にはその辺りのところは良く分からないけど、安いのは助かるわ。瓶以外の材料費もばかにならないから。
「ありがとうございます! とても助かります!」
 思わずバルーガさんの両手を取って、自分の両手で握ってしまった。
「あらぁ、素直なお嬢さんねぇ。でも他の人には内緒よ」
 バルーガさんがウィンクして言った。
「ありがとうございます」
 私は頭を下げてお礼を言った。
「サンプルもあげるから、それを除いて、必要な本数をこの表に書いてもらえるかしら」
 バルーガさんが瓶を少しずらして、紙とペンを置いた。
 模様というか漢字別に注文表をあらかじめ作ってくれていたらしく、本数を書くだけになっていた。
「お願いします」
 必要な分だけ記入すると、紙をバルーガさんに渡した。
「そうねぇ、この本数だと最低でも三日はかかるわねぇ」
 バルーガさんが少し考えて言った。
「そうですか、明日にはお店オープンするつもりでしたけど、やっぱり無理がありましたね。分かりました。三日後に取りにきます」
「そうだったの? それなら早く言ってよぉ。 それじゃあ、今日の夕方に出来た分だけでもうちの者に届けさせるわ。明日も出来た分だけ届けて、全て納品したら代金をまとめて請求させてもらうわ」
「え? 代金後払いでいいんですか? お金持っていますから、今でも払えますよ?」
「まぁ先払いしてもらう場合もあるのだけど、メイナなら後払いでもいいわ。お店か自宅の場所を教えてちょーだい」
 まだ二回しか会ってないけど、信用してもらえたってことかな?
「分かりました。ありがとうございます。王都第三警備団の常駐詰所と宿舎の隣の敷地に自宅兼お店があります。宜しくお願いします」
 私は頭を下げてお願いした。
「はぁい。承りました。早速作業に取り掛かるから、これで失礼するわねぇ」
 バルーガさんは背を向けて手をひらひらさせながら中で戻っていった。
 この後、お店兼自宅の改装の確認があるのを思い出して、急いで工房を出た。

 小走りに家の門をくぐると、もう既にドルバルさんが来ていた。そして何故かベレルさんもいて驚いた。
「遅くなってすみません」
 取り敢えずドルバルさんに謝った。
「なぁに、遅れてなんかいねぇ。さっきまで作業していただけさ」
 バルドルさんがドヤ顔で言った。
 なんでドヤ顔?
「あの、それでベレルさんは――」
「ああ、わしはのぅ、今日改装が終わると聞いておったでのぅ。どうしても見てみたくて勝手に来てしまってのぅ」
 ベレルさんが笑顔で言った。
「そうでしたか、では一緒にどうぞ」
 快く受け入れた。
 改めて玄関を見ると、イメージ通りの素敵な看板がかかっていた。
「うわぁ、この看板、素敵です! バルドルさん、ありがとうございます!」
 感激してバルドルさんに抱きつきそうになった。
「そうかそうか、気に入ってくれたか! しかし、これだけじゃねぇ、中も見とくれ」
 バルドルさんが照れくさそうに言った。
「はい! じゃあ中に入りますね」
 玄関のドアを開けて中に入った。
 前に来た時より、明るい気がする。
 窓が綺麗になっていて、柔らかい光があちこちから差し込んでいた。
 ほっとする明るさに包まれている雰囲気だわ。これならお店に来た人も寛げそう。
 カウンターや棚、テーブルセットなど、これまたイメージ通りに作られていた。
「お店も素敵! どれもこれもイメージ通りだわ!」
「そうか。では家の部分も見とくれ」
 バルドルさんはにやついて言った。
「はい、ではっと」
 店から家につながるドアを開けると、廊下には木の板のようなものが張り巡らされていた。
「え?」
 私は訳が分からずに、手前からもう一度よく見た。廊下の手前五十センチぐらいは土足廊下のままで、そこからまるでフローリングみたいになっていた。そして土足部分の横の壁側に、靴箱のような棚が取り付けられていた。
 取り敢えず靴を脱いでフローリングを歩くと、部屋のドアを開けた。
 ここも床がフローリングのようになっていた。他の部屋も見たが、同様だった。
 何で? こういう風にしたいとは思っていたけど、予算の都合で依頼しなかったのに!
 私は部屋を飛び出して、店の部分に戻った。
「バルドルさん! あの! 廊下が、床が!」
 動揺しすぎて単語の羅列になってしまった。
「どうだ、驚いただろ? お礼はベレルさんに言いな!」
 バルドルさんが私の驚いた顔を見て満足そうに笑って言った。
「え? ベレルさんがこれを?」
「勝手に頼んですまなかったのう。メイナの喜ぶ顔が見たくてのぅ」
 ベレルさんが照れて言った。
「どうして? どうしてこんなに良くしてくれるのですか? 私はベレルさんに何も返せていないのに……」
「そうだのぅ。今まで話しておらんかったのう。わしは娘が欲しくてのぅ。でも生まれたのは息子ばかりでのぅ。それなら孫こそ女の子を、と期待したんだが、これまた男ばかりでのぅ。そのせいか、旅の間メイナを孫娘と言っておるうちに本当に孫娘のように思えてのぅ。だからこれはわしの我が儘のようなものだから、受け取ってもらえんかのぅ」
 ベレルさんは本当に孫娘でも見るような優しい眼差しをしていた。
 この世界には家族はいないと思っていたけど、家族のように大切に思ってくれていると思ったら、感極まって涙が溢れてきた。
「ベレルさん、ありがとうございます!」
 私はベレルさんに駆け寄って思わず抱き着いた。
 ベレルさんは私の背中をポンポンと優しくあやすように叩いた。
「す、すみません」
 恥ずかしくなって、慌ててベレルさんから離れて、涙を服の袖で拭った。
「いや、わしもメイナに喜んでもらえて嬉しいのう。本当のじいさんだと思って、これからも甘えてほしいのう」
 ベレルさんが嬉しそうに言った。
「ありがとうございます。でも、これ以上お金に関することは特に甘やかさないで下さい。ベレルさんとはこれからも良い関係でいたいですから」
 私は笑顔で言った。
 家族でもお金が絡むと碌なことがないと思うし、ベレルさんのご家族もいい顔をしないだろうから。
「ちょっと年は離れ過ぎちゃあいるが、隠し子とか愛人とか勝手な与太話でベレルさんを陥れようとする輩がおらんとも限らねぇ。今回はこっそりやったからいいが、援助はお嬢ちゃんが本当に困った時にしてやればいい」
 バルドルさんの言葉が援護射撃になった。
「そうだのう。お祝い事以外では控えるとするかのう。そんな風評が立ってはメイナを困らせるだけだしのう」
 ベレルさんは気を悪くした風でもなく、ただ苦笑いして言った。
「そうだ、忘れねぇうちに、これは俺からの開店祝いだ」
 バルドルさんが、縦二十センチ、横三十センチぐらいの長方形の木の板に鉄の鎖が付いた物をテーブルに置いた。
 木の板には、お店の名前と新芽のデザインが書かれていた。
「これ、看板ですか?」
「ああ、そうだ。門にでもつけたらどうかと思ってな」
 確かに、門だけ見るとお店かどうか分かりにくいかも。
「もらってしまっていいんですか? ありがとうございます!」
「これくらい大したモンじゃねぇからな」
 お礼を言うと、バルドルさんは照れくさそうに笑いした。
「お二人とも本当にありがとうございます。これで予定通り、明日オープン出来ると思います」
 私は深々と頭を下げた。
「それと、代金まだでしたので、支払いますね」
 バルドルさんに当初約束していたリフォーム代金を渡した。
「あとはシャワーだな」
「はい、あの、バルドルさんにもう一つ追加でお仕事のお願いがあるのですが」
 改まってバルドルさんに言った。
「仕事の話なら大歓迎だ。今度は何を作ってほしいんだ?」
「えっと、自転車、いえ、えーと」
 私は言いながらメモ紙をテーブルに置いて描き始めた。
「馬車の荷台の車輪のような物を二つ、こういう風につなげて、ここはこういう風で、ここは――」
 紙にパーツを描きながら、全体を説明した。
 自転車が欲しい。前から思ってたけど、街中を安全に早く移動できる物が欲しい。馬車は高いから私には贅沢だしね。
「う~ん、シャワーといい、お嬢さんは面白い物を色々発明してくれるなぁ。しかし、これはそんな簡単な物じゃあなさそうだ。作りながら何度か確認させてくれ」
 バルドルさんは腕のいい職人さんね。私なんかの説明でも、素人が作るのは難しい物だってすぐに気が付いたわ。この世界の物で作れるかどうかは分からないけど、バルドルさんなら何とかしてくれそうな気がする。
「分かりました。お店が営業中の時は無理ですが、それ以外なら連絡いただければ伺わせてもらいますね」
「――シャワー? それは何かのう? メイナの発明かのう? それに自転車とかいう乗り物? それは完成したら是非わしも見てみたいのう」
 ベレルさんが不思議そうな顔で私の方を見た。
 私の発明ではないから、故郷で使っていたとか言うと、故郷のことを深く追求されるかもしれないわ。
「えっと、発明という程のものではなくて、ちょっと思いついただけです。でもバルドルさんなら作ってもらえるかと思いまして」
 えへへ、と適当に誤魔化した。
「おう。任せとけ! シャワーも自転車ってやつも、作ってみせるさ。俺の腕の見せ所だな」
 バルドルさんがかなりやる気だわ。
 早く作りたくてうずうずしているみたい。
「では、お願いします。代金は材料費がどのぐらいかかるか分かりませんから、後日相談させてもらうということでよいですか?」
「そうだな。こうなったらとっとと帰って取り掛かるさ」
 バルドルさんはそう言うと、急いで帰っていった。
「開店準備で忙しいだろうから、わしも帰るかのう。また来るからのう」
 そう言ってベレルさんもゆっくり歩いて帰っていった。

 明日オープンと言ってしまった手前、何とか商品を作らないとね。
 台所の作業台に薬瓶と薬の素材をたくさん並べた。
 薬の作り方が書いてある本を開いて、簡単な物から作り始めた。
「まずは傷薬ね」
 傷薬とか火傷の薬とかは比較的簡単だった。失明回復とか古傷の薬も難しいらしいのだけど、すんなり作ることが出来た。他にも薬草や素材の配合が分かる物で薬瓶があるものは全て作った。
「ふう。できた。魔力の調整が難しいって書いてある薬も特に問題はなさそうね」
 一つ一つステータスで確認したから間違いないわ。
 結構たくさん作っているはずだけど、魔力が枯渇する気配はないわね。
 それなら今度は全治癒と全回復の薬に挑戦しようかな。
「でも、この二つの薬は特殊みたいで、薬草や素材は書かれているのだけど、配合は書かれていないわ。配合を間違えると薬にならないらしいから、高価な素材は無駄にはしたくないのよね」
 ため息交じりに呟いた。
 実際の薬が目の前にあれば、ステータス画面で配合も分かったかもしれないけど。
 試しに希少な素材のステータスを念じた。それも全治癒の薬の配合に必要な分を意識してみた。
「あ、いつもよりステータスの内容が細かいわ。えっと、他の情報は取り敢えず今はおいといて、あ、ここだ、すり潰した状態で五グラム分で全治癒の薬の素材となる、って書いてあるわ! 私のレベルも上がったから、それでステータスも詳細が見られるようになったのかな?」
 書かれた通りに素材をすり潰して、計量スプーンで五グラムを二つ分取り分けた。
「あとは、他の素材も試してみるか。えっと、あれ、この薬草、色々な薬に使えるから、項目多すぎだわ! はあ、この中から探すのね」
 ため息つきながらも、画面から目を離さなかった。
 何度も同じ作業を繰り返して、書かれた素材を全て揃えた。
 いちいちステータス確認するのは面倒くさかったけど、一度配合が判明すれは次から簡単に作れるから頑張るわ! ちゃんと書き込んでおかなきゃ!
 手順は前試しに作ったのと同じ。でも水の色は最初黒っぽい色だった。その後、魔力を込め続けていたら、灰色、緑色、青色、紫色、黄色と順番に変化し、今度は虹色みたいな不思議な色になった。
 最後に一瞬光ったと思ったら、水の色は透明になった。
 ふう。やっと透明になったわね。
 裏ごしして透明な水分だけを薬瓶に入れた。
「もしかして、出来た? でもまだ喜ぶには早いわ。まずはステータス確認よね。えーっと、ステータス、――やった! 出来ている! 全治癒の薬、出来たわ!」
 喜びのあまり小躍りしてしまった。
 半分ダメ元で試してみたんだけど、まさか本当に作れるとは――。何とかなっちゃったわ。ついに幻と言われる薬が完成よ!
 ひとしきり喜んだところで我に返った。
「ダメダメ、もう一つあるし、まだ全回復の方もあるから、あとひと踏ん張りだわ」
 私は集中力が切れそうになるのをこらえて、残りの薬を急いで作った。
 ふう。これで薬瓶を用意した分は全て完成したわ。
「お茶用の薬草とかハーブとか小物とか、台所がなくても出来る物はほとんど作り置きしてアイテムボックスに入れて毎日準備していたから、あとは、焼き菓子とか作らないとね」
 少し休憩してから作ることにした。
 腕を組んで上にあげて体を伸ばした。
 明日は何とかオープンできそうだわ。そう思うと、夜が明けるのが待ち遠しくなった。

読んでいただきありがとうございました。
宜しければご感想など頂ければ嬉しいです。

青猫かいり

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