翌朝、カイト様が宿まで迎えに来てくれた。
「おはよう」
騎士服の時とは違ってシャツにズボンという軽装のせいか、爽やかな印象だ。
「おはようございます。今日はお休みのところ、ありがとうございます!」
軽く挨拶してお辞儀した。
「休日も訓練ぐらいしかやることがないから、気分転換になる。まずは素材を売っている場所に行こう」
カイト様が少し照れた様子に見えた。
「楽しみです」
どんな素材が見つかるのか、今から楽しみだった。
思わずスキップしてしまい、慌てて普通に歩いた。
カイト様は身長も高いし、歩幅が絶対違うハズだけど、私の歩調に合わせてくれているのかな? 見た目は硬派な印象だけど、やっぱり優しいと思う。
「カイト様は騎士様だから、剣術は得意なのですか?」
「魔法よりは剣術の方が得意だ」
会話終了。続かなかった……。話題が良くなかったかな?
「部下の方に団長と呼ばれていましたが、騎士団の団長なのですか?」
「そうだ。王都第一騎士団の団長を命じられている」
「私は先日この国に来て、王都に来たのも最近で不勉強なのですが、王都第一騎士団は王城が職場なのですか?」
この前、王城の門番に伝言すればいいって言っていたからね。
「第一騎士団は、他の騎士団とは違って、更に部隊に分かれていて、近衛隊と警備隊とある。近衛隊は国王とその王家を護衛し、警備隊は城の警備を任されている」
「カイト様はその第一騎士団を指揮されているんですね。忙しそう」
「今は他国との諍いもないし、国内情勢も安定している方だから、大変という程でもない」
「平和が一番ですね」
本当にそう思う。平和な国からやってきた私として、心からそう思うのよね。ここでも平和に暮らしたいし。
カイト様も私につられて少し笑顔を見せた。
「ああ、そうだな。――っと、この店だ。探している素材があればいいが」
カイト様に案内されてお店の中に入った。
カウンターには五十歳後半ぐらいに見える眼鏡をかけた店主らしきおじさんが座っていた。
部屋中の棚に薬草や魔物の爪とか毛皮など様々な素材らしき物が置かれていた。
「うわぁ、すごい! 見たことがない物がたくさんあるわ! あ、コレ! 探していたやつだわ! コレ何? うわっ! ビックリした! ライオンの頭⁉ こっちは魔物⁉」
壁にも魔物や動物の頭をはじめ色々な物が飾ってある。見慣れない物だからちょっと怖い。ビクついて後退りしてしまった。
「ハハッ!」
吹き出すような笑い声に気付いて、カイト様を見た。
私の視線に気付いたのか、カイト様が咳払いした。
「棚にない素材もあるから、お探しの物があれば声をかけてくだされ」
おじさんが優しく声をかけてきた。
「はい、じゃあ遠慮なく! キラービーの蜜と月夜草とその花弁と祝福の木の樹液とグレイトスパイダーの糸とカモミールとステビアと薔薇、クチナシの実と――」
「ちょ、ちょっと待って下され。申し訳ないが、覚えきれないので、この紙に書いて下され」
おじいさんが紙を出して書くように促した。
カウンターの上で必要なものをびっしりと書かせてもらった。
「お願いします」
書いた紙をおじいさんに渡した。
「全部あるか分からないけど、探してみるよ。ちょっと待っていて下され」
おじいさんが紙を持って奥に引っ込んだ。
視線を感じて振り返ると、カイト様がお店の入り口横の壁に持たれて、軽く腕と足を組んで立ってこちらを見ていた。
イケメンは何をしていても、様になるわ。
「カイト様、まだしばらくかかるみたいです。退屈ではありませんか?」
人の買い物に付き合うだけだと、男の人は特に退屈よね?
申し訳ない気持ちでカイト様を見た。
「いや、そうでもない。メイナを見ていると何だか面白い」
カイト様が真顔で言った後、思い出し笑いしたらしい。顔が少し笑っている。
「あぁ、もう、やっぱりさっきも笑っていましたね! 何がそんなに面白いのですか!」
何で笑われているのか分からないけど、恥ずかしくなって、誤魔化すかのように拗ねた口調でカイト様に詰め寄った。
「いや、スマンスマン。悪気はなかった」
カイト様の目がまだ笑っている。
でも、退屈で時間を持て余してしまっていたら申し訳ないから、笑われたのは許してあげるわ!
「退屈って思われるよりはいいですけど――。そういえば、カイト様はこういう素材屋さんには良くいらっしゃるのですか? 騎士さんのお仕事に関係があるのですか?」
「いや、一度が二度用事を頼まれて来ただけだ。仕事での関係はない」
「そうでしたか。騎士さんも魔物倒したりしそうだなぁって、勝手に思っちゃいました」
「まぁ、魔物を倒したことはある。だが、こういうお店に俺が直接来ることはない。部下や業者に依頼してしまうことが多いからな」
「なるほど。役割分担ができているのですね」
カイト様ならすべて自分でやってしまいそうな性分かと思ったけど、ちゃんと任せられる部下がいるのね。
カイト様と話をしていると、おじいさんが戻ってきた。
大きな袋や小さな袋など様々な大きさの布袋を両手に一杯持ってきて、カウンターではなく、カウンター前の広いスペースに置いた。
一度に持ちきれない量だったみたいで、何往復かしてたくさん持ってきた。
どうやら種類別に袋に入れてきたみたいだ。
大中小合わせて全部で百種類以上あった。
「お待たせ。紙に書いてあったものは全て用意できたよ。こんなにたくさん持っていけるかな? ああ、恋人がいるから大丈夫か」
おじいさんがにっこり笑って言った。
――恋人!?
「え? あ、カイト様は恋人ではありませんよ! 案内してもらっているだけです!」
ビックリして思わず大きな声で否定してしまった。
カイト様の様子をチラッと見ると、少し複雑そうな顔をしていた。
やっぱり恋人に間違われて迷惑だったんだわ! カイト様のような男前で優しい人に恋人がいない訳がないし、私なんかの恋人だと思われて、嫌だったに違いないわ!
「カイト様、すみません。案内してもらったばかりに、私と恋人と勘違いされてしまって。カイト様のような素敵な方が私の恋人のはずがないですのに……」
申し訳なさでいっぱいだった私は、カイト様にすぐさま謝った。
「いや、メイナが嫌な思いをしていないのなら構わない」
カイト様がずっとまだ複雑そうな顔をしたままだった気がするが、口調は優しかった。
「嫌だなんで思いません。ただ申し訳ないと思うだけで――」
カイト様にも、カイト様の恋人にも申し訳ないだけ。
「あ、あの、それで、これ全部でいくらですか?」
取り敢えず話をそらして、おじいさんに声をかけた。
「そうだな、魔石と鉱石は勿論、珍しい素材もたくさんあるからね、安くはないよ。ただ、大量に購入してくれるから、少しはまけておくよ。全部で、そうだな、本来なら白金貨十枚と言いたいところだけど、売れ残っていて処分するつもりだった物も結構あるから、白金貨五枚でどうかな?」
半額? でも相場が分からないから、これが安いのかどうかは分からないわ。
「すみません、一応、中身見ても良いですか?」
「どうぞ」
おじいさんは嫌な顔も見せずに言った。
袋一つずつ、ステータスを見た。
うん、全て本物だし、状態も悪くない。
おじいさんは良心的な人なのかもしれない。
「ありがとうございます。白金貨五枚で買わせていただきます。あと、お願いなのですが、今後購入する参考にしたいので、先程の紙に種類別に相場の値段で単価を書いていただけないでしょうか? これらの素材を使って商品を作った時の価格設定の参考にさせてもらいたいのです」
「ああ、いいよ。ちょっと待っていて下され」
そう言うと、おじいさんは紙に書き込み始めた。
本当に気のいいおじいさんみたいだ。
ありがたいわ。
「ほら、できたよ。この紙あげるから持っていって下され」
おじいさんが書いた紙を渡した。
「ありがとうございます。代金を支払いますね」
それを受け取ると、代わりに白金貨五枚を渡した。
カイト様が袋をたくさん持とうとしてくれたみたいだが、さすがに全部は持てないと思う。
「あ、大丈夫です。アイテムボックスにしまいますから」
そう言って、私は袋を全てアイテムボックスに入れた。
大量の袋が一気になくなり、カイト様とおじいさんは唖然としていた。
あ! しまった。人前でアイテムボックス使わないようにしようと思っていたのをすっかり忘れていた!
どうしようかと思ってカイト様を見た。
「メイナは空間魔法も使えるのか!?」
空間魔法? アイテムボックスってそういう魔法なのかな?
「あ、えーっと、魔法のことはまだよくわからないのですが……」
カイト様は私の顔を見た後、はっとした様子で、おじいさんを見た。
「店主、このことは誰にも口外しないように。俺は第一騎士団団長のカイト・アクフェルトと申す。もしこの娘に何かあったら、その時は俺が許さん」
カイト様がとても怖い顔でおじいさんを睨み付けながら言った。
どうしてそんなに怖い顔をしているの? アイテムボックスって、私が思っている以上に他人には知られてはいけないってこと?
「あ、あの第一騎士団の団長? あ、いえ、アクフェルト様、ご無礼をお許し下され。この老いぼれ、今見たことは誰にも口外しませぬ」
おじいさんが恐縮して言った。
なんか可哀想なぐらい萎縮していた。
「カイト様、大丈夫ですよ。おじいさんはとてもいい人みたいですし」
私はニッコリ笑って言った。
「あ、ああ、すまん。メイナが心配で。――店主、脅すようなことを言ってすまなかった。許してほしい」
カイト様がおじいさんに頭をさげて言った。
「い、いえ、とんでもない。こんなに可愛いお嬢さんですから、心配なのも分かります。安心して下され。さっき誓ったことは必ず守ります」
おじいさんの緊張も少し解けたみたいで良かった。
カイト様は返事の代わりに軽く頷いた。
「ありがとうございます。また来ますね」
私はおじいさんに軽く手を振って店を出ようとした。
カイト様も振り向いて会釈した。
「ありがとう。また来て下され」
おじいさんが笑顔を見せてくれた。
「次は薬瓶を作ってくれる工房だったな」
「あ、はい。お願いします。あと、さっきのアイテムボックスのことですが――」
私が言いかけた途端、カイト様が私の手を掴むと急に無言で早歩きになった。
「あ、あの――」
「ここなら人がいないな」
カイト様が辺りを見渡して言った。
確かに、人が誰もいなかった。
「アイテムボックスとやらのことだな」
カイト様がふいに本題を投げてきた。
「はい、それってそんなに珍しいものですか?」
「そうだ。アイテムボックスという名前は知らないが、物を収納する能力は空間魔法で出来るか、特殊なスキル持ちしかいない。ただ、特殊スキルや空間魔法を使える者自体が珍しいから、そのような便利な能力は重宝されるが、逆に悪人に利用されるために攫われたりするかもしれん」
カイト様がとても心配そうな顔をしている。
「分かりました。今までは気を付けていたのですが、うっかりしていました。今後は気を付けます」
「まぁ、知っている人は少ない方がいい。信頼できる人の前以外では気を付けるんだな」
「はい。カイト様とあのおじいさん以外は今のところ知らないです。心配してくださってありがとうございます」
笑顔でお礼を言った。
カイト様は少し顔が赤い気がする。
「それじゃあ次を案内する」
カイト様は私の手を握ったまま優しく引っ張って歩き始めた。
まだ心配してくれているのかな? 迷子にはならないけど、私がアイテムボックスを使った時に、外からお店の中を覗いていた人がいたかもしれないしね。カイト様は本当に心配してくれているのね。
しばらくすると、カイト様が立ち止まって振り返った。
「あ、すまない。ずっと引っ張ってしまって、痛くなかったか?」
カイト様はそっと手を離して私を見た。
「いえ、大丈夫です。アイテムボックスの件でとても心配してくれたみたいで嬉しいです。ありがとうございます」
「あ、いや、まぁ、そうだな。心配は心配だが、その、まぁ痛くなかったなら良かった」
カイト様が珍しく歯切れが悪かった。
それに苦笑いしている。
「そうだ、工房はこの道を曲がってすぐの処だ。休憩時間になる前に行こう」
「はい。お願いします」
今度はゆっくり私のペースに合わせて並んで歩いた。
工房に着くと、応対してくれた人に薬瓶を作ってほしいという話をしたら、待つように言って奥に入っていった。
入れ代わりに、一人のお姉さんいやお兄さん(?)がやってきた。シャツにエプロン姿でところどころ煤けている。
「私が工房主のバルーガよ。あらぁ、いい男に可愛いお嬢さんね。薬瓶を作ってほしいとのことだけど」
やっぱりお兄さんだ。声が明らかに男性のものだった。ニューハーフなのかな?
バルーガさんがカイト様に近寄り、嘗め回すような目で見ているようだった。
もしかして好みのタイプなのかなぁ?
「俺は付き添いで、彼女がお客さんだ」
苦手なタイプなのか、カイト様は少し離れて言った。
「あらぁ、そうなのぉ。残念! まぁ、可愛いお嬢さんも嫌いじゃないわ!」
バルーガさんがウィンクして言った。
「私、メイナ・カミナカと申します。できればオリジナルの物で、薬の種類によって、マークを付けたいと思いまして」
「へぇ、どんなマークかしら? ちょっと書いて見てほしいわぁ」
バルーガさんが紙と鉛筆をエプロンのポケットから出して私に差し出した。
受け取って、話しながら書いた。
「えっと、『傷』とか『全治癒』とか『万能』とか『古傷』とか『失明』とか色々あるのですが――」
本当はマークじゃなくて、漢字なのだけど。こっちの人は漢字なんて分からないだろうし、マークと言った方が分かりやすいかな?
「そうねぇ、変わったマークねぇ。大きさもマチマチだし、細かいわねぇ」
バルーガさんが片腕を組んでもう片腕の手の上に顎を乗せて言った。
「やっぱり難しいですか? 瓶はこれくらいの大きさで、シンプルが良くって。あと、『失明』と『目薬』は瓶の瓶を小さめで、口も小さめにできればいいのですが」
バルーガさんの様子を窺った。
少し考えているようだった。
「薬の種類によって、マークや大きさを少し変えたいわけね。ちなみにお店の看板はどういうデザインなのかしら?」
「えっと、白に、文字やマークは緑色です。イメージは新芽の、こう二つ葉っぱがあって、こういう感じです」
看板のイメージも書いて伝えた。自分の名前の漢字に「芽」があるから、新しい世界のメイナという意味を持たせて、新たな世界に芽吹くという意味も含めて、新芽のマークをお店のロゴにしたの。
「お店の名前は?」
「『オアシス』と言います」
「オアシス? それは貴女の名前でもないわねぇ。誰かの名前?」
バルーガさんが不思議そうに尋ねた。
もしかしてこの世界は砂漠とかないのかな? あっても、オアシスという名前の処はないのかもしれないわね。
「いえ、違います。私の故郷では、そうですね、癒しの空間とか憩いの場所とかそういうイメージで使う言葉ですね」
「そう、素敵な名前ねぇ。てっきり恋人の名前かと思ったわ。例えばそこにいる彼とか。うふ」
バルーガさんが揶揄ってくる。
「ち、違いますよ! カイト様は案内してくれているだけで――」
慌てて否定した。
「じゃあ恋人じゃないのね! 私、貴方みたいな男性、とっても好みなのよぉ。良かったら私と付き合わない?」
バルーガさんがいつの間にかカイト様の傍にいて迫まっていた。
「ちょっ、近い! あ、いや、すまないが他を当たってくれ!」
カイト様が微妙に距離を取りつつ、両手でそれ以上近寄って来ないようにガードしながた断った。
「あーん、振られちゃったわぁ。メイナ、彼かなりイイ男よぉ! メイナは彼のことどう思う? 貴女もあと数年経てば私の次にイイ女になりそうだけど、グズグズしていたら他の女に取られちゃうわよぉ。早くモノにしちゃいなさぁい」
バルーガさんが今度は私の方に来て、人差し指で私の顎をそっと押しながら言った。
「えっ、あ、その、カイト様はそりゃあ素敵な方ですけど! カイト様に恋人がいない訳ないですし、それに恋人とか私、その、まだそんな事――」
思わぬ恋バナらしき会話に動揺して早口になってしまった。向こうの世界でも恋人なんていなかったから、この世界では恋人が出来たらいいなって、そりゃあ思うけどっ。
あ、しまった! カイト様の目の前で、カイト様のこと素敵な男性って言ってしまったわ!
恥ずかしくなって顔が熱い。カイト様の顔が見られなくて、うつむいてしまった。
「うふ、可愛いのねぇ。宗旨替えして私が恋人に立候補しようかしら?」
バルーガさんが冗談を言ってまだ揶揄ってくる。
え? バルーガさんどっちもOKなの?
「あの、その、それは」
私は混乱して言った。
「ほんと揶揄いがいのある娘ねぇ。冗談はこの辺にして、仕事の話に戻るわね。――薬瓶のデザインは私に任せて。一度サンプルを作ってみるから、また明日来て?」
「え、あ、はい、分かりました。また明日来ます。宜しくお願いします!」
私は頭を下げてお願いした。
「では、失礼するわね。バァーイ」
バルーガさんは手を振りながら奥に戻っていった。
バルーガさんの突然の切り替えに呆気に取られてポカンとしてしまった。
「メイナ、帰ろう」
カイト様に声をかけられて、我に返った。
「あ、はい。帰りましょう」
カイト様と私は工房から出た。
「それにしても、オンオフの激しそうな人だったな」
「はい、色々な意味でビックリしました!」
カイト様と私はお互いに顔を見合わせると、思い出してプッと吹き出してしまった。
読んでいただきありがとうございました。
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