カイト様と別れた後、商業ギルドに顔を出した。
カイト様の会話からヒントをもらい、薬屋とかそれに近いものを開くのはどうかと思って、調べに来た。
「王都に薬屋さんは何軒ぐらいあるのですか?」
受付のお姉さんに尋ねた。
「そうですね、薬屋を開いているお店はあまりないですね。誰でも薬を作れる訳ではないですし、どちらかというと、商会が大口取引したり、お店で薬も置いているという場合の方が多いかと」
「じゃあ、私が薬屋さんを開いたら、誰かから文句言われたりするといったことはありますか?」
どこかに筋を通さなければいけないとかそういうのがあると面倒だわ。
「いえ、そういったことはないですよ。商業ギルドに登録されていますから、後は王都内であれば店舗登録してその登録料と毎年の更新料、あと国に治める税金もこちらに納付してください」
「分かりました。王都内の薬屋さんを教えてもらえませんか?」
王都内の地図を出して尋ねた。
「それなら、えっと、ここにマムローというおばあさんがやっている薬屋さんがあるから、そこへ行ってみるといいですよ」
お姉さんが地図を指さしながら教えてくれた。
「ありがとうございます。行ってみます」
お礼を行って商業ギルドを後にした。
受付のお姉さんに教えてもらった場所に行くと薬屋さんがあった。
中に入ると、魔女、いえ、黒いローブを羽織ったおばあさんがいた。
ほんのり薬草のような匂いがすると思ったら、カウンターにお香みたいなものが置いてあった。部屋のところどころには鉢植えに薬草が植えてあったり、魔女の館に思えてきた。
棚やカウンターに色々な薬瓶に入った薬が置かれていて、飲み薬がメインのようだ。
「何かお探しかね?」
おばあさんがしゃがれた声で尋ねた。
「あ、えっと、すみません。実は私も薬屋さんか何かお店を開きたいと思ったのですが、王都の薬屋さんとはどういうものなのかと思って、見させてもらったらと思って、商業ギルドの方にこのお店を教えてもらったのです。でも商売敵になるかもしれないのだから、迷惑ですよね、ごめんなさい。すぐ帰ります」
私は謝罪してお店を去ろうとした。
「これ、待ちなさい」
おばあさんが少し大きな声で言った。
振り向いておばあさんの様子を窺った。
「薬屋を開こうとは珍しいお客さんだね」
おばあさんは少し笑顔を見せた。
「あの、怒っていないのですか?」
「普通は敵情視察かって怒るところかもしれないがね、私はこの通り老いた身。今月いっぱいで引退して田舎に帰って、子供や孫と余生を送るつもりだから、怒ることもないのだよ」
おばあさんはにっこり笑っていった。
「向こうでも薬屋さんは開くのですか?」
「いいや、家族の為に薬を作ることはあろうが、お店はもうここでおしまいだね」
おばあさんが少し寂しそうに見えた。
「あの、王都ではどのような薬がよく売れますか?」
「そうさね、傷薬、鼻水や咳止めの薬、解熱薬や解毒薬、あとは痛み止めの薬を買うお客さんが多いかね」
鼻水や咳止めっていわゆる風邪薬みたいなものかな? アレルギーの場合もあるだろうけど。
「ここにあるのは水薬というか、飲み薬ですよね? 長い期間放置した場合、腐ったりしないのですか? 保存するのも大変ですよね?」
おばあさんに質問攻めしてしまった。
まぁ保存に関しては私の場合、アイテムボックスに入れておけば状態保存されるから心配ないんだけど、棚に並べる必要もあるし、売る度にいちいちアイテムボックスから出す訳にも行かないだろうから、通常のやり方も知りたい。
「フフフ。勉強熱心な娘さんさね。基本は飲み薬さね。効果が一番高いからね。薬は魔力を使って作るから、簡単に腐りはしないさ。まぁ百年も立てば只の水にはなるだろうが。ただ、作り立ては一番効果が高いからね、その状態を保つために、ただの瓶ではなくて、中身を状態保存する魔法をかけられた薬瓶を使用するのが一般的さね。それよりも、盗難に気を付けな。高価な薬は狙われやすいさね。店頭には安い薬を置いておくことをお勧めするさね」
そっか、お客様に渡した途端に劣化しても困るものね。色々対策しないといけないわ。
「薬瓶はどこで買えますか? 自分で作ることもできるのですか?」
「瓶専門店や大手の商会でも取り扱っているさ。瓶を作るのは素人にはちょっと難しいさね」
おばさんが苦笑いして答えた。
そっか、自分で作るのは難しいか。
「もし薬屋を開くなら、この本とこの本、あ、この本とこの本も持っていきな。お師匠さんから譲り受けたんだが、お師匠さん、うっかり者でな、何度か同じ本をくれたんだよ。もう持っていると言い出せずにずっと持っていたやつだから古い本だが、まだ読めるだろうから、良かったらもらってやっておくれ」
おばあさんが優しい顔をして言った。
お師匠さんの事が好きだったのね。
「ありがとうございます。では言葉に甘えて頂きます」
本を手に取ってお礼を言い、頭を下げてお店を後にした。
頂いた本を見た。一冊は薬草図鑑。薬草の絵と種類と効能と育て方やどこで取れるかなどが書かれてあった。もう一冊は主な薬の配合や作り方などが書かれてあった。もう一冊は聖属性魔法についてで、最後の一冊は素材図鑑だった。花や爪や鱗などの絵とその使い方など、一見は薬と関係なさそうな本だった。
ありがたくこの本で勉強させてもらおう。
私は本をアイテムボックスにしまった。
もらった本に書かれていた薬草を入手し、実際に作ってみることにした。
必要な器具と薬瓶を買い、宿に帰ってきた。
アイテムボックスから必要な物を全て取り出し、さっそく作業に取り掛かった。
ルルナ草の葉を十枚、ルクト草の葉を八枚、すり潰して、魔力で生成した水百CCと混ぜる。そして魔力を注ぎ、緑色から透明の水になったら、裏ごしして水だけを薬瓶に入れて完成。これで傷薬の出来上がり。
よし、薬のステータス確認!
高品質の傷薬。飲み薬。傷にかけても効果あり。消費期限なし。
やった! できた! これで私でも薬を作れることが分かったわ! ん? 消費期限なし? 何で? 百年経っても大丈夫ってことはないでしょう。ん―、まあいっか。問題ないし。
でも、同じ薬瓶だといちいちステータス確認しないと判別できないから、薬の種類によって薬瓶の色や形を変えるとか、何かしないといけないわね。それにうちの商品だと一目で分かる方がいいかも。
ただ、薬だけ売って生活できるかわからないし、それ以外にも何か作れればそれを売りたいから、どうしようかな? あっちの世界のフリマで自作の物を作って販売していたのが、ここで役に立ちそうだわ。ドラッグストアみたいなお店もいいな。それに本を読んでいて思ったんだけど、ハーブティとか薬膳茶とかそういうのも販売したらどうかしら。薬に混ぜてもいいかもしれないから、色々試してみたいわ。
薬屋のおばあさんにもらった本のお陰で、色々思いついた。それにどの本もとても参考になる。素材の中にも薬として使えそうなものもあるし、薬以外のものにも使える可能性があるし、この四冊は情報の宝庫だった。
この世界でもちゃんと働いて生きていけそう。そう思ったら嬉しくなってきた。
翌日、家の引き渡しの日。
購入する家に行くと、不動産屋さんと紹介を頼んでいた職人さんが先に来て待っていた。
「この度はご購入ありがとうございます。こちらは職人のドルバルさんです」
不動産屋さんは代金を受け取ると、職人を紹介して帰っていった。
「お嬢さん、手直しの場所を説明してもらえるかな」
ドルバルさんが図面を開いて言った。
私が来る前に、家の間取りなどを紙に書いていたらしい。
「えっと、まず、玄関の鍵を取り換えたいです。あと、お風呂場ですが――、お風呂場で説明した方が早いので、来てください」
そう言って風呂場まで来てもらった。
「あの、ここに、すのこ、いえ、木でこう組合わせてそれをこのぐらいの大きさで作ってほしいのです」
私は両手でジェスチャーして形や大きさを表現した。
「なるほど、それなら簡単だ」
「あと、ここにシャワーいって、細かい雨みたいなお湯を出せるような物をここに取り付けたいのですが、できますか?」
「イメージは分かった。うーん、まぁ何とかなるだろう。やってみよう」
ドルバルさんが腕を組んで悩みながら答えた。
「次はですね、玄関すぐの部屋ですが、ここでお店を開く予定なんです。それでここにカウンターを作って、ここにテーブルと椅子四つのセットを、こことここにこういう棚を作って、あとは家具ですが――」
次々と移動しながら必要最低限の依頼をした。
大体の見積を聞いたら、思ったより安かったが、それでもかなり痛い出費となった。
薬や何か物を作る工房も必要かと思ったけど、台所が広いから薬など水を使う物はそこでも作れるし、物づくりとかなら空いている部屋や外の工房らしき場所などを作業場にすればいいし、当面は大丈夫かと思ってやめた。
「うーん、うちの職人を総動員させたとしても、二日はかかるだろうなぁ。……あと、シャワーというやつはもう少し日数がかかるかもしれん」
ドルバルさんが腕を組んで考えながら言った。
「では、シャワーだけ後日出来上がり次第取り付けてもらうということでもいいですか?」
宿暮らしもお金がかかるから、早く住みたい。シャワーだけなら我慢できる。
「分かった。そうしよう。シャワーは別料金で、それ以外の代金を二日後に支払ってもらうがかまわないか?」
「はい、大丈夫です。宜しくお願いします」
ドルバルさんに依頼した。
家のリフォームが完成したらすぐにでもお店をオープンさせたい。
二日の間はお店に出す商品の作り置きに専念しよう。
おばあさんから頂いた本を読破した時、素材は判明しても配合が分からない薬がいくつかあった。中でも全治癒の薬や全回復の薬、古傷の薬や失明回復の薬が今では幻の薬とされているとか。
全治癒の薬は飲むと現在進行形のあらゆる病気や怪我が治るらしい。また全回復の薬とは、体力や魔力を回復し、魔法による状態異常状態からも回復する万能回復薬みたいなものらしい。そして古傷の薬は過去に怪我して治ったものの、傷跡が残ってしまった場合や手足が動かなくなった場合にそれを治す薬らしい。失明回復の薬は、読んで文字の如く、ただ飲み薬ではなく目薬だけど。
カイト様から聞いて少し調べてみたのだけど、魔法で回復したり、治癒したりすることもできるけど、特殊の魔法のため、聖属性の魔力適性が必要だったり、高度な魔法ほど使える魔導士も少ないとか、その場に魔導士がいなければ治せないとか色々問題があって、薬を作るのも聖属性の魔力が必要らしい。
私はステータスで聖属性の魔力適性があるのは分かっていたけど、どのレベルの薬が作れるのか分からない。だけど、この幻の薬が作れるようになったら、うちの目玉商品になるかもしれない。
それに聖属性の魔法を覚えれば、身近な人を薬が間に合わなくても助けられるかもしれないから、こちらも勉強しようと思う。
まぁ取り敢えずは商品作りが優先だけどね。
私は薬になる薬草や花々を求めて、怖い目に合ったパルニ森に性懲りもなく行くことにした。
森の入り口に来たところで、少し躊躇して立ち止まった。
またあんな怖い目にあったばかりでやっぱり無理だったかな。
行くか行くまいか、迷っている時だった。
「メイナ!」
後ろから声をかけられて振り向くと、カイト様が走ってこっちに向かってきた。
カイト様は目の前に来ると、弾んだ息を落ち着かせた。
「また森に薬草を取りに来たのか?」
「はい。今度は依頼ではなくて、自分で薬を作るために、どうしても必要で。カイト様はどうしてここに?」
カイト様はお城で勤務していると聞いていたけど、今日は騎士服みたいな恰好をしていたので、お休みではなさそうだ。
「ああ、……その、なんだ、部下からメイナをこの付近で見かけたと聞いてな。もしかしてまた森に来たのかと、警備がてら様子を見に、だな」
カイト様が自分の後頭部を叩きながら言いにくそうな顔をしていた。
もしかして心配してくれたのかな?
「心配してくれたんですね。ありがとうございます」
自然と笑顔になった。
「――あ、ああ。まぁ、その、迷惑でなければ警備も兼ねて同行してもいいか?」
カイト様は一瞬戸惑ったような顔を見せたが、すぐにまた元の顔に戻った。
「実は、少し怖かったので、カイト様が一緒にいてくださるなら安心です。お仕事の邪魔にならないようでしたら、こちらこそお願いしたいです」
カイト様が少し嬉しそうな表情をしていた気がしたけど、気のせいよね。
「そうか、それなら良かった」
カイト様の言葉が合図に、私達は森の中に入っていった。
「あ、この薬草ほしかったんだ! あ、こっちも。この花も使えそう。あ、これってもしかして? あ、やっぱりそうそう。これこれ!」
私は一人はしゃぎながら薬草や花など探していた物を採集し始めた。
カイト様は私の近くで辺りを警戒してくれているようだった。
「あ、これ! やったー!」
前に来た時も思ったけど、この森は色々な薬の素材がたくさんあった。王都だし、必要な素材をいつでも採取できるように誰かが意図的に植えたのかなぁ?
自分で育てるのもアリだよね。だだっ広い畑になりそうな庭があったし、野菜や果物を育てようと思っていたけど、薬草や花々など素材に必要なものをも育てようかな。そしたらしょっちゅうこの森に来なくてもよくなるし。
「メイナは面白いな。年頃のお嬢さんが草花見つけて喜んでいる姿は王都では珍しいかもな」
カイト様が少し笑顔を見せた。騎士さんだからか真顔は目が鋭い気がするけど、笑うと優しい目になった。
私の視線に気付いたのか、カイト様が少し目をそらした。
「そういえば、自分で薬を作ると言っていたが、薬屋を開くことにしたのか?」
カイト様が咳払いしてから言った。
「はい。と言っても、薬だけではなく、色々な物を売るつもりです。カイト様にお話しを聞いて薬屋さんにしようかと思いましたが、他にも色々と作れる物があるので、自作の物なら何でも売ってみようかと考えまして」
「そうか、どこで店を開くんだ?」
「家を買ったので、自宅の玄関広間を改装してお店にします。場所は王都第三警備団の常駐詰所と宿舎の隣です。隣と言っても、少し離れているみたいですが」
私は不動産屋さんの言ったことを思い出して答えた。
「第三、ああ、あそこか。お店がオープンしたら是非寄らせてもらおう」
「はい、是非! オープンは二日後の予定です。お待ちしています!」
お客様第一号ゲット!
嬉しくて笑みがこぼれる。
「楽しみだな」
カイト様も嬉しそうに見える。
一緒に喜んでくれているのかな?
「それで、他にも探している素材があるのですが、キラービーの蜜とか祝福の木の樹液とか魔石とか鉱石とかそういった素材が手に入るところを知りませんか? あと、薬瓶を作ってくれそうな工房とか知りませんか?」
「それなら知っているぞ。案内しよう」
ダメ元で尋ねてみたけど、カイト様が知っていて良かった!
「お願いします」
私は頭を下げてお願いした。
読んでいただきありがとうございました。
宜しければご感想など頂ければ嬉しいです。