辺りを見渡すと、見知らぬ建物の中だった。神社のような厳かな雰囲気を感じる。テーブルを挟んだ向かい側に三人の女性が座って何やら話し込んでいた。
「アフロディーテ、そなたが悪い」
「いいえ、私は悪くないわ。天照が言いがかりをつけてきたのよ」
「二人とも落ち着いてください。喧嘩は良くないです。でも神中芽衣奈が死んだのは私の不注意ですから」
「いや、リリネスは悪くない。喧嘩の仲裁するためだったのだ。あれは不慮の事故だ」
「そうですわ。そもそも喧嘩をふっかけてきた天照が悪いのですわ」
「もうやめましょう。それより彼女をどうするかですよ」
「そうだな、このまま生き返らせる訳にもいくまい」
「そうね、日本かギリシャで新しい命として転生させるしかないわね。記憶はなくなるけど」
「彼女が望むのなら、今の肉体のまま私の世界で転生することも、前世の記憶を持って新しい人生で転生することもできます。私のミスですから、できる限り彼女の希望を叶えてあげたいです」
「だが、異世界で生きていくのは大変だぞ」
「でしたら彼女に聞いてみればいいわ」
何やら揉めていたのが仲直りしたらしい。
改めて三人の女性を見た。三人とも美しくて神々しい気がする。
天照と呼ばれた女性は日本女性のような顔立ちに黒髪で巫女のような服装をしていて、長い髪を見たことがない形に結っていた。
アフロディーテと呼ばれた女性は黄金のような金髪に碧眼で白人のような顔立ち。服装は中世ヨーロッパというか、ギリシャ神話に出てくる女神様のような姿だ。まさに絶世の美女。
リリネスと呼ばれた女性は日本女性に近い顔立ちだけど、瞳は金色で、髪は青みがかった銀髪に見える。服装はやはり中世ヨーロッパの女性が着ていたような感じだ。
私が三人を見ていると、一人がこちらを見た。
「気が付いたみたいだな。私は天照大神という。日本人なら名前ぐらいは知っておろう」
黒髪の女性、もとい女神が厳かな雰囲気で言った。
「私はアフロディーテよ。ギリシャの神で同じ地球の神だから、知っているかしら?」
金髪の女性、もとい女神が笑顔でウィンクしてきた。
「私はリリネスです。貴女が住む世界とは別の世界の神です」
銀髪の女性、もとい女神が申し訳なさそうな顔で自己紹介した。
「――ええーっ、女神様⁉」
驚きのあまり、大声を出して立ち上がってしまった。
ホントに? ドッキリとかじゃないの? 天照大神って日本神話の超メジャーの女神様だよ! それにギリシャ神話も知ってる! アフロディーテって美と豊穣の女神様じゃなかったっけ? どうりで美しい訳だよ! って、感心している場合じゃないよ!
深呼吸してから、椅子に座って冷静さを取り戻そうとした。
目覚めてから頭が混乱していたので、少し落ち着いて整理してみる。
雷に打たれたような衝撃、そして女神様達の会話からヒントはたくさんあった。
要するに、私は天照大神様とアフロディーテ様の喧嘩を仲裁しようとしたリリネス様による不慮の事故で死んで、生き返ることはできないということらしい。
何だか全然実感がわかない。でも、あの衝撃を受けて生きているとは到底思えないから、これは真実なんだと理解はできる。
そうか、死んじゃったのか、私……。
不思議と涙も出て来なかった。ただ、あまりにも突然のことだから落胆した。
まだまだ続きを知りたい漫画とかアニメとか連ドラとかいっぱいあるし、途中だったゲームとかもあるのに!
この怒りというか、やるせなさを誰にぶつけていいのやら。
「……私……死んじゃったんですね」
気の抜けた声で発した。
「そうだ。そなたの今の肉体は特別に復元したものだ」
「そうよ、復元したから死ぬ前の肉体と変わりはないはずよ」
天照大神様とアフロディーテ様が得意げに言った。リリネス様も頷いている。
「神様の天罰じゃなくて、不慮の事故なんですよね?」
いや、これ大事だから。
「天罰ではないです。ごめんなさい。貴女を直接死なせたのは私のせいです」
神様なのにリリネス様が頭を下げた。
「そなたにはすまないことをした」
天照大神も頭を下げた。
「そうね、ごめんなさい」
アフロディーテ様も頭を下げた。
神様も頭を下げたり喧嘩なんてするんだね。何だか人間みたいでちょっとだけ親近感がわいてしまった。
死んだのが神様のせいだと聞いても、神様相手に怒れる訳がない。怒ったところで元には戻らないみたいだし、どうも転生させてくれるらしいから、不思議と怒りが湧いてこないというか、何故か謝罪を素直に受け入れてしまった。
女神様達の会話から察すると、私は転生させてもらえるらしい。でもこの世界では転生できても私の記憶はなくなるよね。新しい人生っていうのは、ピンと来ないなぁ。
でもリリネス様の世界なら、今の自分のまま転生できるし、新しい人生でも前世の記憶として持てるんだね! って、これって漫画とかによくある異世界転生ってやつ? それはそれでアリかも? 生まれ育った日本を離れるのは辛いけど、家族はもういないし、私が私でいられるなら、リリネス様の世界で転生するしかない!
「はいはい! リリネス様の世界に転生したいです!」
思わず挙手してアピールしてしまった。
「わ、わかりました」
勢い余ったらしく、リリネス様がちょっとびっくりしたみたいだった。でもここで怯んではいけない。この選択で私のこれからの人生が決まるんだから、より良い条件を選ばなきゃ。その為には色々とリリネス様の世界のことを確認しなきゃ。
「リリネス様、もし新しい人生を選んだ場合、生まれる家とか条件とか選べますか?」
「どのような条件下でも、国は選べますが、身分や生家は選べません。この世界と違い、私の世界は私が唯一の神であり、全世界の人間のことを把握しているわけではないのです。申し訳ありません」
リリネス様がしょんぼりしているような気がした。
「では、神中芽衣奈のまま転生した場合はどうなりますか? 言葉とかも通じないと思うのですが……」
「そうですね、その場合は、生家とか身分はないのですが、貴女の条件に合うような国に転移させ、言葉は私の力で自動翻訳スキルを与えます」
リリネス様が少し元気を取り戻して言った。
これは悩むなぁ。前世の記憶があっても赤ちゃんからやり直すのは面倒くさいけど、このまま転生してカルチャーショックとか大丈夫かな?
私がうーんと唸っていると、アフロディーテ様が口を開いた。
「リリネスの世界は、地球と環境が似ているのよね。うちでいう中世ヨーロッパ時代みたいな感じ? ちょっと現代とは違うかもだけど、その分魔法があるし」
「えっ? 魔法があるんですか⁉ それって私も使えるのですか?」
思わずテーブルを叩いて前のめりに立ち上がってしまった。リリアス様がびくついた気がして、食いつきようが我ながらに恥ずかしくなった。
「あ、ありますよ。適性がないと使えませんので、使える人は少ないかもしれませんが……貴女が望むなら転生する際に魔法を使えるようにしますよ」
「是非! お願いします! 魔法、使いたいです!」
「では、そのように。結婚適齢期とかのこともありますし、年齢は若返らせてから転生しましょうか? こちらのミスで貴女の大切な人生を奪ってしまいましたので、せめてものの償いに、できる限り貴女の望みを叶えたいと思います。転生したら貴女には思うがままの人生を自由に生きてほしいです」
リリアス様が再び頭を下げた。
「私もそなたに何かできないか考えていたが、リリアスの世界に干渉することはできないから思いつかなかった。すまない」
しばらく黙っていると思ったら、天照大神様は私の為に考えてくれていて、すごく嬉しかった。
「もう気にしないでください。私、決めました! リリアス様の世界で、神中芽衣奈のまま、転生します! あ、でも、できれば肉体は十五歳ぐらいで!」
私はニッコリと笑った。日本に未練がないわけではないけど、私の家族はもういないし、私自身が消えてしまうのは嫌だし、魔法とか楽しそうだし、神様のミスなら無理なお願いも聞いてくれそうだし、新しい世界で楽しく生活できるならそれもいいかなって思うしね。それに若返えるなんて最高だよ!
「でも、こんなに可愛らしい女性が未成年で異世界暮らしなんて大丈夫かしら? 心配だわ。RPGゲームのように、アイテムボックスとか、彼女や他人のステータスを見られるようにしてあげて、自分の体調やスキルとか確認できるようにしたり、他人のステータスを確認して、悪い人かどうか判別できるようにしてあげたらどうかしら」
アフロディーテが顎に人差し指を当てながら思いついたことを言ったみたいだ。
何でこの女神様、こんなにゲームとかに詳しいの? もしかしてゲームやったことがあるのかな?
「いいですよ、神の眼という全てを見通す鑑定スキルがありますから、それを与えましょう。彼女が寿命を全うできるように、他にもたくさんスキルつけておきますね。魔法も呪文とか詠唱とか覚えなくてもいいようにイメージ重視にして、詳細はステータスを参照してくださいね。ステータスは心の中で、念じればステータス画面が現れて操作できるようにしておきます。アイテムボックスは空間魔法の一種ですね。容量無限で状態保存の魔法をかけて合わせておけば良さそうですね。他に何かご要望はありますか」
リリアス様が損はさせませんよ、という顔をして言った。
別世界の女神様がどうしてこんなにもゲームに詳しいんだろう? さてはリリアス様もRPGゲームをやり込んでいますね?
何だか至れり尽くせりで、チートな気もするが、頂けるものは頂いておけばいいとよく言われるし、見知らぬ世界に行くんだから、あって困るものはないからいいよね?
「ありがとうございます。気になるのは、私が十五歳で転生される場所、ですかね。未成年で身分もなくても受け入れてくれる国がいいですね。あ、これは無理ですか?」
「勿論、可能ですよ。どのような国が良いですか?」
「宗教国家の国があっただろう? あの国は日本人には馴染めないかも知れぬから、避けてやってくれ。しかも唯一神のリリアスではない者を神として祭っておるし」
天照大神様がすかさず言った。
「あ、あの男尊女卑の国はやめた方がいいわ。一夫多妻制だし、女性の地位が低すぎて、現代の日本人女性にはちょっと辛いかも」
アフロディーテ様も付け加えるように言った。
「あとはどんな国があるのですか?」
転生する国によっては大変そうだから確認しなきゃ。
「そうですね、あとは男女平等に近い国や、女尊男卑の国、国ではないですが、世界地図には載っていない隠された部族の村とかですかね。男尊女卑とは言わないですが、比較的男社会の国の方が多いです」
「では、男女平等に近い国でお願いします」
リリアス様にお願いした。
「はい、できるだけ希望に沿うようにします」
リリアス様が笑顔で受け入てくれた。
「そういえば、魔法が使える世界ということは、漫画とかでよくあるエルフ族とか獣人族とか、地球人のような人間以外の人類っていますか」
瞳を輝かせながらリリアス様に聞いてみた。
「残念と思われるでしょうが、地球人と変わらない人間、あちらではヒューマンと呼ばれている種族だけです。いろんな種族がいると私が世界の調整とか管理などが面倒になりますしね。但し、地球と異なる点といえば、重力もそうですが、魔物とか魔獣とか言われる、動物と違って魔力を持った生き物がいます」
エルフや獣人がいないのは残念。猫耳とか触ってみたかった。てか、魔物とかって怖そうだけど、大丈夫、だよね? 私、今度は寿命全うできるよね? 転生していきなり魔物に殺されるとかはないよね?
「えっと、転生してすぐに魔物に遭遇して死んじゃったりしないですよね?」
一応念のために聞いてみた。
「大丈夫です。安全なところに転生させますから。心配ならレベル1で各数値を高くしておきますから、あとはゲーム同様レベルをあげれば倒せるようにもなりますよ」
リリアス様がとても頼もしく感じた。本当にゲームに詳しいんだね。ちょっと意外でした。
「人間が生きていくにはお金が必要であろう。リリアス、何とかならないか」
天照大神様が心配そうに言った。
「そうですね、アイテムボックスにお金を入れておきますね」
「何から何までありがとうございます。私、異世界で頑張ります!」
立ち上がって三女神様に深々と頭を下げた。
「達者で、な。私の加護を持っていけ」
天照大神様が祈るように私の体に手をかざした。
「元気でね。愛と美と豊穣の加護を貴女に」
アフロディーテ様がウィンクしながら指を弾いた。
「これから神中芽衣奈、貴女を私の世界、リリネアスへ転生させます。貴女が幸多き人生を歩めますように――」
リリアス様がそう言って私の前に両手をかざした瞬間、私の体が光り輝いた。眩しくて目を瞑ったところで意識が途絶えた。
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