急ぎの用件があると呼ばれて、お父様の執務室に来た。お父様が物々しい表情で出かける準備をしていた。
「急ぎの用件とは何でしょうか?」
「ああ、至急王城に参上しなければならなくなった」
お父様が手を止めずに言った。
「王城に、ですか?」
僕が聞き直すと、お父様は手を止めて僕に向き直った。
「……隣国のボルザベート帝国が我が国へ向け軍隊を動かしたという情報が入ったらしい。公爵家として任務を与える為、兵を挙げて登城せよと通達が来たのだ」
「え? 戦争!?」
突然の話に驚いた。
「そうだ。おそらく何かしらの任務を与えられ、参戦することになるだろう」
お父様は厳しい顔をして言った。
「でも、このアカツキ領は、魔の森もあるし、魔人族と獣人族の国とも隣接していて自衛負担が大きいから、その分、徴兵などは免除されているのではないのですか?」
「確かにうちは有事の際にも免除されてきたが、今回は事情が違うらしい。国からの要請を無視するわけにもいかない。ただ、うちの警備隊を戦争に連れて行くのは現実的に無理な話だ。せめて私だけでも行かねばなるまい。いいかレオン、もし私に何かあったら、お前が公爵家を継ぎ、家族と領民を頼む」
お父様が力強く両肩を掴んだ。
お父様の覚悟が見える。
僕は深呼吸した。
「お父様! お父様の名代に僕が登城してはいけませんか?」
お父様の目を見て言った。
「レオン、何を言い出すのだ! これは戦争なんだぞ。それに当主の私が行かねば話にならない!」
お父様が声を荒げた。
「でも、弟が生まれたばかりだから、お母様に付いていてほしいし、この領はまだまだ僕では役不足です。それに次期当主として僕が行くのが、公爵家にとっても領民にとっても一番いいと思うのです」
僕は思った亊を吐き出した。お父様に死んでほしくないというのもあるけど、やっぱりまだ僕が当主の代わりなんて無理だと思う。
「レオン、自分の代わりに子供を戦争に行かせる親がどこにいる?」
お父様はまっすぐに僕を見た。分かってくれ、という無言の圧力を感じた。
それでも僕は自分が行くのが最適だという気持ちは変わらない。
「いないと思います。でも領民のことを思えば、お父様は行くべきではありません。その役目は僕にやらせください」
一歩も引かない。僕だって戦争に行きたいとは思っていない。正直言って怖い。でもお父様の代わりはいなくても、次期当主の代わりはいる。
「何を言っても意思は変わらないようだな。だがこの件は譲れない」
お父様は首を横に振った。
「では、せめて王城に連れて行って下さい。一緒に行けば、転移魔法ですぐに行けます」
お父様一人では行かせたくない。ただ領地で待っているだけは嫌だ。
「――分かった。一日でも早く行かねばならないから、それは助かる。但し、次期当主としてのお披露目を兼ねて連れていくだけだからな」
お父様が少し考えて言った。僕が何か企んでいるとでも思っているのだろうか。
「はい、ありがとうございます。すぐに支度してきます!」
僕は挨拶もそこそこに部屋を出た。
お父様とリュリウスを連れて、転移魔法で王都まで行き、馬車で王城に向かった。
王城はまさに王様が住む城、という感じで、大きくて広くて、立派な建物だった。外装の彫刻も素晴らしいし、城内に飾られている物は全て高そうに見える。
近衛兵に連れられて王や幹部との謁見の間に案内された。
扉を開けると、かなり大きい広間で、一番奥の高台の台座に王様が座り、その横に宰相のドルターク公が立っていて、少し離れたところに幹部や他の貴族と思われる人達が大勢いた。
お父様が扉の前で一礼してそのまままっすぐ歩き始めた。僕もお父様の真似をして、後ろに続いた。
王様の近くまで来ると、お父様が右膝をついて右手を左胸に置くという拝礼をしたと思われる。僕も慌ててお父様の斜め後ろで同様に拝礼をした。
「アカツキ公爵家当主、ミッシェルト・アカツキ、只今参上いたしました。後ろの者は息子のレオンハルトにございます」
お父様の声は王様や周囲に聞こえるような大きさだった。
「うむ。よく参った。楽にするがよい」
王様が声をかけた。お父様が立ち上がると、僕も続いて立ち上がった。
初めて王様も間近で見た。頭も立派な顎鬚も白が混じった灰色に見え、生きていれば僕のお祖父さんぐらいの年かも、と思った。
「それで、アカツキ殿は何人の兵を連れてこられたのだ?」
ドルターク公が尋ねた。
「……その件ですが、我がアカツキ領は軍隊もなく、常に魔の森や隣国との有事に備えておかなければならず、兵は出せません。ですから――」
「次期当主である私、レオンハルトと配下のリュリウスがその分に代わる働きをさせていただく所存にございます」
お父様の言葉に被せて、主張した。お父様がすごい勢いで僕を見た。
ちょっと怒っているのかも。でも今更撤回できないから。最初からこうするつもりだった。
「ほう。二人で何十、何百という兵の代わりが出来ると申すか。レオンハルトといったな、おぬしは何歳だ?」
王様がじっと僕を探るように見てきた。
「十一歳にございます」
「そうか。まだ子供だというのに勇ましいものだ。ふむ。面白い。いいだろう。その言葉に責任を持てるというなら、前線を任せよう」
王様の言葉に周りがざわざわしている。
任せるということは、僕が前線の指揮を執るということなのかな?
「ま、待ってください。息子は次期当主としてお披露目に連れてきただけなのです。どうかその任は私に」
お父様が王様に訴えた。
「そなたの息子は魔法も剣術の腕も大人顔負けという噂を聞いた事があるのでな。いい機会だから噂が本当か知りたいのだよ」
「しかし――」
「アカツキ公、気持ちは分かるが、これ以上の抵抗は彼が虚言したとみなされる場合も考慮されるがよい」
ドルターク公がお父様に同情するような顔を見せて言った。
「陛下、そんな子供に重要な前線を任せるとは正気ですか? もっと他にいくらでも適任者はいるでしょう」
幹部の一人が意見を述べた。
「そうですよ、何もこんな子供に。もし前線が破られ、更に侵攻されたら被害は計り知れない。その責は誰が負うのですか?」
別の幹部も反対し出した。
「では、そなたたちが前線に赴いてボルザベート帝国軍を蹴散らすと申すか?」
王様が二人を睨んで言った。
「いえ、その私は……」
「わ、私は支援物資や軍隊を用意することはできても、指揮の方はちょっと……」
二人の幹部は冷や汗をかきながらもごもごと言い訳しているように見えた。
誰も自分が行きたいとは言わないみたいだ。ボルザベート帝国は侵攻で領土を広げてきた軍事国家とお父様から聞いていた。
「他に意見のある者はおるか?」
王様が皆に尋ねた。反対すれば自分が行くことになる、とそう危惧した他の貴族達は皆一斉に黙りこんだ。
「ふむ。レオンハルトよ、今の内に何か言いたいことはあるか?」
王様が僕に尋ねた。
「はい、王様に確認したい亊があります」
「申してみよ」
「前線での役割は、ボルザベート帝国軍を退けることですか? 最終的にはそのまま攻め入って属国とすることですか? それとも対等に友好国として平和条約を結ぶことですか? 王様の、この国の意向をお聞かせください」
それによって戦略も変わってくると思う。始祖様の本には闘いにおける兵法やら戦略も記されていた。それを踏まえると、落としどころが分からないと策も練れない。
「ははは、本当に子供か? まあいいだろう。我が国は侵略を望んでおらん。そもそも攻めてくるから応戦するまでのこと。損害は賠償してもらうが、立場は対等で平和条約が結べれば言う亊もないな」
王様がすぐさま答えた。隣のドルターク公も他の幹部たちも頷いていた。
「それなら、それを正式な文書として、僕、いえ私にいただけますか?」
後で違うと言われても困るし、証拠が欲しい。それにあの戦略が使えるかもしれない。
「うむ。すぐに用意しよう」
王様が頷いた。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、王様が笑っていた。他の貴族たちはあまりよく思っていないのか、子供のくせに、とか何か言っているのが聞こえてくる。
「では皆の者、異論はないな? レオンハルト・アカツキ、そなたに前線指揮官を命じる。前任者と速やかに交代し、その任を果たせ」
王様が皆に聞こえるように大きな声で言った。
「はい、ありがたく拝命したします」
僕は再び拝礼して言った。
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