お父様にさんざんこってり怒られ、泣かれた後、リュリウスと二人、前線に赴いた。
前線指揮官の任命書を前任のポルケーノ副将軍に見せると、彼は不機嫌そうな顔を見せた。
子供に仕事を取られたんだから、仕方がないよね。
前線の状況はあまり良くなかった。既に何回か国境付近の平原で小競り合いがあり、兵の半分は失われ、残った兵士達も負傷し、戦況は不利のようだった。
それに比べ、援軍が合流し、敵の戦力はまだ余力があるという情報を得た。そして、敵軍の後方にある領地内に、皇帝自精鋭部隊を率いてやってきているという噂も聞いた。
「リュリウス、戦況は不利みたいだよね?」
「そうですね、戦える兵力は千、あちらは一万といったところですね」
リュリウスはため息吐いた。
「それじゃあまともにやっても勝てないから、策をねらないとね」
自分が戦地に行くと決めた時から、策は色々考えていた。といってもほとんどが始祖様からの受け売りだけどね。うまくいくかわからないけど、無駄に兵力を失うわけにもいかないし、侵攻されるなんて以ての外。
「明日は敵がやってきたら、他の兵は休ませ、僕が出る。いいね、リュリウス」
リュリウスに言い聞かせるように言った。
「はい、お供します」
リュリウスも覚悟を決めたように頷いた。
翌日、敵よりも先に幾度と戦地になった国境に降り立ち、リュリウスと二人待っていた。
しばらくすると、敵軍がやってきた。兵力は二千ぐらいだとう思う。
そろそろだ。
「竜巻!」
風魔法で大きな竜巻を作り出す。広範囲に人や物を巻き上げて吹き飛ばす技だ。
みるみるうちに敵兵が空高く舞い上がった。
ここにいる敵兵全部を順番に舞い上げた。
高所から落とされた兵達は、打ちどころが悪ければ死ぬと思う。でもこれは戦争。なるべくなら殺したくないけど、甘い亊は言っていられない。僕は人を殺す覚悟もしてきたから。
「レオン様、敵兵が陣まで後退していきます。このまま攻め入りますか?」
リュリウスが冷静に状況を把握して尋ねた。
「ううん、攻めないよ。ここで向かい討つ方が楽だから」
これも本心。でも本音を言えば、敵国でも兵士でもない人達にまで被害を負わせたくない。甘っちょろいと言われても、これが僕のやり方だから。
「承知しました。多分またすぐ別の部隊がやってくると思います。ここで待ちますか?」
「そうだね。自然災害と思っているならまた突っ込んでくるよね」
今はそう思ってくれた方がいいからね。兵力差は埋まらないから、今はとにかく戦える敵軍の兵士達の数を減らしたい。
しばらくすると、また二千ぐらいの敵兵がやってくるのが見えた。今度は真ん中を空けて、左右に千ずつ分かれてきたみたいだ。
「二軍に分けても無駄だよ。竜巻!」
さっきと同じように、風魔法でまず向かって右側から攻めた。大きな竜巻から逃げ回る兵達を残さず飲み込み、舞い上げた。
それを見ていた、向かって左側の軍兵士達は、隊列を見出しながら竜巻とは反対の方向へ逃げ出した。
「逃がさないよ。竜巻!」
今度は左側からもう一つ竜巻を作った。これで左右の竜巻に挟まれ、敵兵の逃げ場はなくなった。
立っている敵兵が一人もいくなったところで、竜巻を消滅させた。
「今回もうまく行きましたね。でもまだあきらめないでしょうが」
リュリウスがため息をついた。
「そうだね、まだ六千ぐらいはいるしね。あちらさんは敵の魔法で戦力ダウンさせられているとは思ってないだろうから、また攻めてくると思うよ」
負傷した敵兵達がよろよろと来た道を戻って行くのが見えた。
「アカツキ殿!」
ポルケーノ副将軍が馬を走らせ軍を引き連れてやってきた。
「ポルケーノ副将軍、何故兵を連れてきたのですか? 僕、全軍待機って指示出したはずですけど」
少し拗ねた口調で言ってみた。
「それは分かっているが、二人だけで何が出来るというんだ。こうしている間にも敵がやってきたどうするのだ?」
副将軍は少し怒っているみたいだ。
「二千人ぐらいの兵が二回やってきましたが、レオン様が一人で追い返しましたよ」
リュリウスがポルケーノ副将軍にドヤ顔で言った。
「ははは、アカツキ殿の側近は冗談がお上手だ。一人で四千人も追い返せるわけがない!」
ポルケーノ副将軍とその側近が大笑いしていた。
「まぁ緊張をほぐすのはいいが、冗談も過ぎると怒りをかうぞ」
副将軍が真顔で言った。
「リュリウスは冗談など言っていません」
不機嫌を顕わにして言ってみた。
子供だからって舐めているのがわかる。どうせ何も出来ないお飾りの指揮官とでも思っているのが態度に出ているよ。
「口だけなら何とでも言える。まあ精々お手並み拝見とさせてもらうが、もし侵攻されでもしたら、アカツキ殿の責任だからな」
副将軍がニヤリと笑った。
「そうですね、侵攻されたら僕の責任です。でも兵を半分失ったのは、ポルケーノ副将軍が責任を取られるのですよね?」
指揮官を交代する前の事まで責任を押し付けられるのは避けたい。ここで言質を取っておかなければ。
「むむ、そ、それはそうだが、しかし侵攻はされていないからな。その責まで押し付けられては敵わん」
副将軍がむっとした表情を見せた。
「レオン様、また敵軍がやってきました」
リュリウスが冷静な声で言った。
「何⁉ あの数は、三千ぐらいいるぞ? アカツキ殿、どうするのだ?」
副将軍が僕に詰め寄った。
「今風魔法で蹴散らしますから、そこで見ていてください――竜巻!」
また同じように両手をかざして、竜巻を二つ発生させた。左右から挟み撃ちにして、三千の兵をあっという間に高く空へと舞い上げた。
「な、なんと! これが魔法か? 自然災害ではないのか?」
副将軍が目を見開いた。側近たちはや後ろの兵士たちが一様にざわざわしている。
「これは風魔法で竜巻という災害のようなものと同じ現象を起こしているんです。この方法なら自軍の兵を怪我させずに相手を戦闘不能にすることができます」
副将軍に説明した。
自然災害なんて言われても困るからね。都合よく敵軍のところにだけ災害が起きるなんでことはないと少し考えれば分かるはずだし。
「しかし、この規模の風魔法は魔力を相当使うはず。それを何回もやれるとは……」
副将軍が茫然と敵軍が帰っていくのを見ていた。
「いかん、ぼっとしている場合ではなかった。アカツキ殿、敵軍が撤退していますぞ! 何故追いかけて攻めない?」
副将軍がまた僕に詰め寄ってきた。
「今はまだその時ではありません。また向こうには三千ぐらいの兵が残っているはずです。兵を無力化してからでも遅くはありません」
副将軍に真っ向から反論した。
「分かった。指揮官は君だ。好きにするがいい。しかし、私もここで待機させてもらう。君がこの戦線をどう対処するのか見させてもらおう」
副将軍がその場で胡坐をかいて座り込んだ。それを見た側近も馬から降りて、副将軍の傍で座り込んだ。
「あれ? 今回は早いな。もう来た」
「先程の軍のすぐ後ろに残りの軍を待機させていたようですね」
リュリウスが冷静に分析している。想定内だったのかも。
「そうだね。じゃあ遠慮なくっと――竜巻!」
また同じように左右に竜巻を作り、挟み撃ちにした。
「あれ? 後ろの方に何人か馬は舞い上がったけど、人は舞い上がっていない。対策練られちゃったかな」
これは想定内だから驚きはしないけど、できれば血を流すことなく撤退させたかった。
「向こうにも魔法が使える人材はいるでしょうし、想定内ですよ。これからどうなさりますか?」
リュリウスが僕に尋ねてきた。
「うん、思ったよりは人数少ないから、あそこまで行くよ」
「お供します」
リュリウスが間髪入れずに言った。
「そう言うと思っていたよ。防御魔法と強化魔法など目一杯かけるけど、念のためにコレ持っていて」
リュリウスに自分の魔力と魔法をかけた魔石を二個渡した。
「ありがとうございます」
リュリウスは受け取ると、大事そうにしまった。
「ポルケーノ副将軍、僕、リュリウスとちょっと敵陣まで行ってきますから、皆さんをここに待機させておいてくださいね」
「は? 二人でか? いや、いくらなんでも危ないだろう。何を考えているんだ?」
副将軍が立ち上がった。
「大丈夫ですよ。僕まだ魔法使えますし」
心配ないという素振りで言った。
「どうするつもりだ? そんなに自信があるのなら、私も連れていけ」
副将軍が挑発するように言った。
「んー、それはめんどう、いや、貴方の命の責任までは持てませんから危ないです」
思わず本音が出てしまった。
「フン、私は軍人だ。危険は承知で言っている。四の五の言わずに連れていくがいい」
副将軍は一歩の引かない様子だった。
僕はため息を吐きながら、魔石を二個取り出した。
「いいですか、僕が防御魔法や気配遮断魔法などをあなたに掛けます。なるべくご自分でも気配を抑えてください。あと、念の為、魔石にも魔法を付与してありますので、なくさないでください」
魔石を渡すと副将軍は胸元に入れた。
リュリウスと副将軍に魔法をかけた。
「これでよし。では行きます」
僕がリュリウスを掴み、リュリウスが副将軍の腕を掴んだのを確認すると、飛行魔法でゆっくりと空高く飛んだ。
「うわぁあああ」
副将軍がビックリして声を上げた。
「風魔法の応用で、飛行魔法と呼んでいます。敵陣の近くまで行きますから、落ちないようにご自分でもしっかりリュリウスに捕まっていてくださいね」
さすが軍人だけのことはある。初めて飛んだのに気絶したりパニックになったりはしてないみたいだ。
徐々に上空から敵陣の近くまでやってきた。
「この辺なら大丈夫か。ポルケーノ副将軍、空間魔法で足場作ったから足で確認してみ下さい」
副将軍が近くを足で探り始めた。
リュリウスはいつも通りに冷静に足場を見つけて乗った。
「あ、ここに固い物がある。これが空間魔法で作った足場というのか……」
副将軍は恐る恐る両足を乗せた。その後もリュリウスの腕を離さなかった。
「ポルケーノ副将軍、あの中で一番偉い人、というか指揮官らしき人はいますか?」
「ああ、中央にいるあの男が皇帝の腹心で、帝国の鬼将軍と呼ばれるゼゴネス・ルキアーノだ」
副将軍が一人の男を指して言った。
「じゃあ、あの人を降参させてば話が早そうですね。僕、一人で下に行ってくるので、落ちないように大人しくしていて下さい。もし足場が崩れるような事があったら、渡した魔石を使って下さい。リュリウス、後は頼んだよ」
僕はそう言い残して、リュリウスの手を離して下へとゆっくり降りていった。
「将軍! 空から人がっ!」
竜巻から逃れた人が気が付いたみたいだ。
僕は防御魔法をかけ、更に自分の周りに空間魔法を応用してバリアを張って防御を強化した。
敵は鬼将軍を含めて十人いた。弓や槍を僕の方に飛ばしてきたけど、なるべく避け、避け切れなかったものは、全てバリアに弾かれた。
「何だ、アイツは。弓の槍も当たらない。それなら魔法しかないな」
魔導師らしき三人がそれぞれ水魔法、火魔法、風魔法を僕に向けて放った。僕はその質量を上回る魔力でお返しした。魔導士達は気絶したようだった。
そして鬼将軍から少し離れた地面に足を付けた。
「こんにちは。僕はユグリアス王国の公爵家の者で、この度前線指揮官を任されたレオンハルト・アカツキと申します。そちらのほとんどの兵は竜巻にやられてもう勝ち目はないと思います。ゼゴネス・ルキアーノ将軍どうか降参しませんか?」
戦わないで済むに越したことはないと、降参を進めてみた。
でもきっと無理だよね。どう見ても降参するっていう顔つきじゃないよね。
「小僧、お前が前線指揮官? ユグリアス王国は余程人材不足なのか?」
「ふざけやがって。降参なんてする訳がねぇ」
「お前バカなのか? もし本当にお前が指揮官ならここでお前を倒せばいいだけなんだからな、こっちは」
鬼将軍以外の人が大声で嘲笑した。
「では、降参しないと?」
僕は鬼将軍の顔をじっと見た。怖い顔で僕を睨んでいるだけで、返事もしない。
鬼将軍と呼ばれるだけのことはありあそうだ。僕のような子供にも油断せずに、警戒しているように見えた。
「それなら仕方がありません。ルキアーノ将軍と戦って降参してもらうしかないようですね」
僕は魔法袋から日本刀を取り出し脇に構えた。
鬼将軍も脇に指していた剣を鞘から抜いて構えた。
「将軍の手を煩わせることはないっすよ。俺がちゃんと躾けてやりますから」
「おい、抜け駆けするな! 本当に指揮官だったらお前の手柄になっちまうだろ?」
「何言ってやがる、お前達はこの前手柄上げただろう、次は俺の番だ」
鬼将軍以外の六人が揉め出した。
「早いモン勝ちだぜ?」
そう言って一人がの方に切りかかってきた。
僕はその剣先を避けて躱した。空を切ったところで、別の男達が次々と剣を振り上げて襲ってきた。
攻撃を順番に交わしながら、相手の鳩尾に鞘のまま日本刀を鳩尾に打ち込み、全員を気絶させた。邪魔されないように念のため、風魔法で遠くに吹き飛ばした。
うん、これでしばらくは目を覚まさないかな。
そして鬼将軍を見据えて臨戦態勢を取った。
「――覚悟はいいか」
鬼将軍が初めて声を出した。
子供だからといって油断はしてないみたいだ。これは殺す気でやらないとこっちが危ないかも。
いつでも抜けるように、日本刀を脇に差し、柄を握りしめた。
「てやぁ」
鬼将軍がすごい気迫で切りかかってきた。
僕は低い体勢を取って、胴を居合抜きのように鞘から一気に引き抜いて切りつけた。
手ごたえはあったが、浅かったみたいだ。
寸でのところで、鬼将軍が体をそらし、皮が切れた程度におさめた。
この人、強い!
僕は更に気を引き締めた。鬼将軍の一挙一動が見逃せない。
睨み合いが続いた。一瞬でもスキを見せると危ない。
自分の体に防御魔法以外に強化魔法もかけた。これでもっと早く動けるし、力負けすることもない。
日本刀に僕の魔力込めて折れないように強化し、ジリジリと間合いを詰めた。
うん、この間合いなら多分届く。
僕は日本刀を抜いたまま両手で握りしめて左脇に、切っ先を後方に向けたまま鬼将軍の懐に向かって一瞬で間合いを詰めた。
鬼将軍は剣を僕の頭めがけて突きさそうとした。
瞬時に頭をずらして避け、低い体勢のまま、左下から右上に日本刀を振り上げた。
「ぐぁっ!」
今度こそ、手応えがあった。
鬼将軍がお腹を押さえながら片膝をつき、剣を地面に突き刺して何とか体を支えた。
お腹の傷は深く血が溢れて出していた。
「まだ降参しませんか?」
鬼将軍に尋ねた。
「……何故、殺さ……ない? ……私は、手負……いだ。殺そうと、思……えば、で……きた、はずだ」
鬼将軍が息絶え絶えに訊ねてきた。
「言葉が通じる相手を問答無用で殺したくない。僕はこの戦争を止めたいだけ。皇帝と話し合いがしたいので、僕を皇帝の元に案内して下さい」
そう言って、鬼将軍の傷を治した。
「――分かった。私は今ここで死んだも同然の身、案内しよう。ただ、貴殿の望むように亊が運ぶ保証はできないが」
鬼将軍が力なく苦笑いした。
「その時は別の手を考えます。少しここで待っていて下さい」
上空のリュリウスとポルケーノ副将軍の方に飛んだ。
「一旦下に降りましょう」
そう言って、リュリウスと副将軍の腕を掴んで、ゆっくりと鬼将軍のところへ降りた。
「僕はこれから彼に皇帝の元に案内してもらいます。ポルケーノ副将軍は戻って待機していてもらえますか?」
「本音を言えば付いて行きたいのだが、足手まといになるだろう。分かりました。貴殿の指示に従いましょう」
副将軍の態度が一変した。僕を前線指揮官として認めてくれたのかな?
「私はレオン様のお側を離れません。足手まといになったら捨て置いて下さい」
リュリウスはそういうと思ったよ。
「分かっているよ。ダメと言っても付いてくるのがリュリウスだもんね」
僕は笑って言った。
「ルキアーノ将軍、案内頼みます」
「相分かった」
その言葉を聞くと、リュリウスと鬼将軍の腕を掴んで飛行魔法で飛んだ。
「な、何を」
鬼将軍がびっくりしてバランスを崩しそうになった。
「馬もないですし、歩くより早いですから。で、どっちの方向ですか?」
ニッコリ笑顔で答えた。
「あ、ああ、このまま真っ直ぐ行くと、山の中腹に要塞がある。そこに皇帝はいる」
「では急ぎましょう」
スピードを上げた。
リュリウスは慣れているけど、鬼将軍は大丈夫かな?
ちらっと見ると、もう慣れたのか、大丈夫そうだった。
「竜巻とやらといい、剣の腕もさることながら、膨大な魔力に魔法の才能、これで子供なのだから将来が恐ろしいな」
鬼将軍の呟きは風の音で僕には聞こえなかった。
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