アカツキ領に戻ってお父様に許可をもらい、ダルベウムさんをアカツキ領に連れてきた。
意欲満々のダルベウムさんをお父様に紹介し、後はお父様と警備隊長にお任せした。
警備隊員全員に会うため、しばらくはアカツキ領に逗留することになりそうだ。堅苦しいのは嫌だと言って、公爵家の客間での宿泊を断られ、警備隊の詰所の仮眠室の一角を宿代わりにしたみたいだ。
「こんにちは、ダルベウムさん。工房に戻る時は、転移しますので、いつでも声かけて下さいね」
ダルベウムさんの様子見を兼ねて声をかけてみた。
「レオンハルト様、こんにちは。その時は是非、お願いさせてもらいます」
ダルベウムさんが恐縮しながら頭を下げた。
この領に来て間もないけど、彼はもう警備隊の人達に馴染んでいるように見えた。
「なぁ、最近魔の森から変な声というか、何か変な音聞こえないか?」
「ああ、俺も聞いた。けど、森の奥っぽいし、森から出てくる気配はないし、大丈夫だろ」
警備隊員の会話が聞こえてきた。
魔の森で何かあったのかな? でも魔の森は基本立ち入り禁止、というか、魔の森に入って、奥に住んでいる魔物達を刺激しない方がいいという判断で、魔の森から出てこない限り、何もしない決まりになっているんだ。
「魔の森かぁ」
あ、そう言えば、始祖様の本で気配察知と遮断の魔法を習得したから、試すいい機会かも。
さっそく魔の森に行ってみよう。
魔の森に行くと、昼間は比較的明るく、魔物の気配もあまり感じられなかった。
警戒しながらゆっくり進むと、自分の身長の二倍近くある背丈の木に赤い綺麗な実がたくさん生っていた。
一つ手に取ると、簡単にもげた。
何という実なんだろう? 食べれるのかな? 匂いを嗅ぐと、ほんのり甘い匂いがする。でも、もしここで食べて何かあってもいけないから、取り敢えず、いくつか持って帰ろう。
十個ぐらいもぎ取って、魔法袋に入れると、また進んだ。魔の森は広いから、中々奥には辿りつけないみたい。何か嫌な予感がして、そろそろ戻ろうとした時だった。
かなり遠いけど、辛うじて視界に入るぐらいの距離に、魔物の気配を感じた。確認すると、見たことがない魔獣が何かを食べているところだった。
もし見つかったら襲われるかもしれない。だけど、この森で戦闘して他の魔物達までやってきたら厄介だし、刺激して森から出て領民を襲っても困る。そっと引き返そうと思った時、魔獣と目が合った気がした。
急いで転移魔法で家の庭まで帰った。
気配遮断してたはずなんだけどなぁ。
まだまだ魔法の習得は完全じゃなかったみたいだ。
「レオン様!」
後ろから声を掛けられて、体がビクッとはねた。振り返らなくても、声でリュリウスと分かる。
「リュリウス、何?」
「どこに行っていたのですか?」
リュリウスの声がいつもより低い。黙って魔の森に入った事はバレでないはずだけど。
「えっと、その、ちょっと散歩に……」
笑って誤魔化そうとしたけど、ちょっと顔が引きつったかも。
「そうですか、魔の森の中で散歩ですか?」
「そうなんだよ、気配察知と遮断の魔法の練習も兼ねて、ってあ、いや……」
しまった! でも何で知っているの?
「レオン様! 警備の者が魔の森付近で見たと聞いたから、まさかと思ってましたが、魔の森がどれだけ危険な処か分かってますか? 転移魔法があるからと言って、もし発動が間に合わなかったら危ないのですよ⁉」
リュリウスが声を荒げた。
「……ごめん」
項垂れて謝った。
「今回は無事だったからいいですが、勝手に魔の森に入るのはおやめください」
リュリウスがとても心配してくれているのが、顔を見れば分かった。
「うん。分かった」
「約束ですよ」
リュリウスがため息交じりに言った。
「バレちゃったからついでに言うと、魔の森でこの実を見つけたんた。これって食べれるのかな?」
魔法袋から赤い実を取り出してリュリウスに見せた。
「貸して下さい」
リュリウスが僕の手から実を手に取り、ゆっくり回しながら全体を見た。
「見た事がないですね。鑑定してもらったらどうでしょうか?」
「そうだね、ミルックさんに鑑定してもらおうかな」
「お供します」
リュリウスの腕を掴んで、冒険者ギルドまで転移した。
「ミルックさん、こんにちは。この実を鑑定してください」
魔法袋から取り出そうとしたら、ミルックさんが慌てて止めた。
「待ってください! ここでは何ですから、ギルド長の部屋でお願いします」
「え? ただの実なんだけど……」
首をかしげて言うと、ミルックさんがため息をついた。
「貴方が鑑定を依頼するということは、ただの実であるはずがありません」
ミルックさんが真顔で断言した。
ギルド長の執務室に行くと、ギルド長は不在だった。
「では、お願いします」
ソファに座って、向い合っているミルックさんが言った。
僕は魔法袋から例の実を取り出して、テーブルの上に置いた。
「これ、食べれますか?」
「んー、見た事がない実ですね。鑑定スキルを使いましょう」
ミルックさんが赤い実をじっと見つめた。
「え? これ、魔の森で取った実なのですか⁉」
「うん、一人で行ったからリュリウスに怒られちゃったけどね」
苦笑いして答えた。
「そうですか、無事で何よりです。ふむふむ。えっと、結論から言うと、食べられます。毒もありませんし、異常もありません。マカミという名前で果物に分類されるようです。魔の森にしか存在しない珍しい実のようですね」
ミルックさんが目を輝かせた。相当珍しいみたいだ。
「食べられるなら、今ここで食べてみたいです」
どんな味がするのか、とても気になる!
「分かりました。食べ方も分かりましたので、ここで切ってみますね」
ミルックさんが棚から皿とナイフと板を取り出し、板の上で実を二つに切った。片側の中心に大きな種があった。
「うわぁ、いい匂い!」
甘い匂い。初めて嗅ぐ匂いだ。
「中身も赤いんだね。種も赤いし」
ミルックさんが種を取り、皮を剥いて、一口サイズに切ってくれた。
「どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
口に入れると、とても甘い味がした。噛んだ瞬間、口の中で実がとろけ、果汁がじゅわっと広がった。初めての食感だった。それに本当に甘くて美味しい。
「美味しい!」
叫んでしまった。
「二人も食べてみて!」
この幸せを二人にも感じて欲しい。
「私は……」
リュリウスが困った顔をした。
「いいからここ座って、食べてみてよ」
強引にリュリウスを引っ張った。
リュリウスはしぶしぶ隣に座って果実を口にした。
「!」
リュリウスが目を見開いた。
「本当に甘くて美味しいです」
リュリウスが嬉しそうに言った。
「ミルックさんもどうぞ!」
「え? 私もいいのですか? それではお言葉に甘えさせてもらって、遠慮なく……」
ミルックさんが実を口に運んだ。
「ん、んー!」
声にならない声を出したミルックさんは幸せそうな顔をしていた。
「おう、坊主来てたのか」
ギルド長がドアを開けて入ってきた。
「うん。グリートさんも食べてみて!」
「ん? 何だ? 甘い匂いだな。果物か?」
グリートさんが赤い実をじっと見てから、ひょいっとつまんで口に入れた。
「すごい甘いな。食べたことがない味だ」
「魔の森に自生してたから、ミルックさんに鑑定してもらったんだ」
「はぁ? 魔の森だとう? お前さんなぁ、んったく規格外だなぁ」
グリートさんが呆れて言った。
「これ、うちの領で栽培が成功したら、売れるかな?」
グリートさんに聞いてみた。
「まぁ、売れるだろうよ。珍しい果実は高級品として売れるしな」
「そっか、でもそれだと貴族にしか流通しないよね……」
僕はため息を吐いた。
「レオン様、今は無理かもしれませんが、栽培がうまくいってたくさん生れば、流通させることもできますよ。まずは栽培して、うちの領で流通させて様子見てはいかがでしょうか」
リュリウスがにっこりして言った。余程この実が気に入ったみたいだ。
「分かった。とにかく栽培次第だね」
先のことはそれから考えても遅くない。
マカミの種を魔法袋にしまった。
アカツキ領にまた転移し、お父様にマカミについて話した。魔の森に入った事を話したから、こってり絞られた後、試食してもらった。
「うむ、これがうちで栽培できれば、確かに特産品になるかもしれん」
お父様がマカミをじっと見つめた。
「僕、種を植えてみたいです!」
「そうか、ではレオンに任せてみよう。どれだけ育つか分からないから、土地は広いところがいいだろうな。よし、東側に今は使ってていない広大な農村の跡地があるだろう? あの一帯を好きに使うがいい」
「ありがとうございます! さっそく行ってみます!」
早く試してみたくて、お父様にお礼を言うと、部屋を飛び出した。
マカミの種を植えてから一週間が経つというのに、ちっとも芽が出て来ない。
始祖様の本に植物の栽培に必要な知識が書かれていたし、図書室でも調べたりして、準備万全で挑んだのに。
何かが足りないのかな? 魔の森に自生していたぐらいだから、簡単に育てられると思っていたんだけど、そうはいかないみたいだ。
そう言えば、この実を見つけた時、あそこの土は魔力に満ちていたような気がする。
少し大きめの魔石を取り出し、種を埋めたところから少し離れたところに、魔石を埋めてみた。
「レオン様! 芽が!」
リュリウスが驚いて叫んだ。
種を植えた処を見ると、確かに芽が出ていた。
「ふう。良かった。これで成長してくれるかな?」
でも土の状態を見ると、魔力がかなり減ってしまったみたいだ。埋めた魔石を確認すると、魔力があまり感じられなくなっていた。
「芽を出すだけでかなり魔力を消耗したんだね。さすが魔の森に自生していただけのことはあるよ」
僕はため息交じりに言った。普通の魔石ではすぐに魔力が枯渇してしまうみたいなので、魔法袋から、鉱石を取り出して、鉱石が壊れないギリギリの処まで自分の魔力を込めた。さっきと大きさは同じぐらいだけど、込められた魔力は桁違いだ。この鉱石は安価なのに僕の魔力と相性がいいみたいで、かなりの魔力を貯められるから重宝している。
さっそくまた土の中に埋めてみた。
すると、芽がグングンと伸び始めた。
成長が早いなぁ。魔の森にしかないってミルックさんが言っていたぐらいだから、特殊なのかも。
あっという間に、森でみた大きさの木になった。良く見ると、まだ小さいけど、青い実が数え切れないぐらいにたくさん生っていた。
「まだ土の中に魔力を感じますが、成長は止まったみたいですね」
リュリウスが地面に手をついて魔力を確かめていた。
「うん。今日はここまでみたいだね。明日また様子を見に来よう」
育った木をそのままにして、家に帰った。
翌日、木を見に行くと、青い実が森で見たのと同じぐらいに大きくなっていた。後は赤くなるのを待つだけ。
「昨日のことから考えると、魔力を養分としているみたいですね。まだ魔石の魔力は尽きていないようですし、様子を見ますか?」
リュリウスが地面に手をついて魔力を確認したり、青い実をじっと観察したりして言った。
「そうだね、魔力は十分あるみたいだから、これ以上は水やりぐらいしかやることがないかも」
そう言っているうちに、少し青い実がうっすらと赤味がかってきた気がした。
そして翌日、実は真っ赤に熟れていた。ちょうど魔の森で見かけたぐらいに。
「もう収穫しても良さそう。何だかすごく早かったけど、大丈夫かな?」
僕は怪訝そうに実を見つめた。
「レオン様、私に毒味をさせてください!」
リュリウスが真剣な顔で迫ってきた。
「わ、分かったよ。よろしく」
僕がそう言うと、リュリウスが赤い実に手を伸ばしてもぎ取った。
ミルックさんがやったのと同じように、ナイフで切り込みを入れて割り、種を取ると、皮を剥いた。小さく切って、一口食べた。
「美味しいです。あの時食べたのと同じ味です。問題ないようです」
リュリウスが幸せそうな顔をした。意外と甘い物が好きなんだね。
僕もリュリウスに切ってもらい、一口食べてみた。
「うん。同じ味だ! 甘くて美味しい。成長も早いし、これなら特産品としてたくさん栽培できるんじゃないかな?」
僕は期待に胸を膨らませた。
「問題は、熟れた状態が何日続くかですね。腐ってしまっては商品にはなりませんし」
リュリウスの心配はもっともだよね。
「確か、魔の森で見た木の下には、腐って落ちた実が一つもなかった。魔力が尽きない内は、実が腐らないかもしれない。でも確証はないから、しばらく様子見かな?」
「そうですね。成長の速さといい、魔力が養分といい、常識で考えてはいけないかもしれませんね。管理人を雇って観察してもらうのも手ですね」
リュリウスはいつも的確な提案をしてくれる。
「後は、残りの種とその種を植えて、魔石も増やしておこう。それと、実も半分ぐらいは収穫しても構わないかな」
僕がそう言うと、リュリウスが赤い実を収穫し始めた。
収穫はリュリウスに任せて、僕は種と魔石を等間隔に埋め始めた。
「ふう。やっと終わった。さすがに埋めてすぐには芽が出ないかな?」
「魔力だけで成長する訳ではないみたいですね。水やりもやっておきましょう」
リュリウスが水やりをやってくれた。
「もしこの栽培がうまくいったら、人手が必要になるよね? 領営の孤児院の子達にも仕事として雇ってあげるのはどうかな?」
孤児院は経営難みたいだし、魔物を討伐したお金が割り振りされて今は何とかなっているけど、そのお金が尽きてしまったら、また食べるのもやっとの生活になってしまう。孤児が仕事に就くのは難しいと聞くし、それに働いてお金を稼げば、好きな物も買えると思うし。前から気になっていたけど、どうすればいいか分からなかった。これはいい機会かも!
「それはいい考えですね。もう少し具体的に話を詰めてみてはどうですか?」
「うーん、領営の孤児院を農園の隣に建てて、農園の管理を任せるのはどうかな? 孤児院には大人もいるし。あ、でも人数が足りなければ、仕事に困っている人も雇えばいいし、いっそのこと、孤児院というより住み込みで働けるような施設を作るというのもいいかも?」
色々案が出てきてまとまらなくなってきた。
「レオン様はきっといい領主になりますね」
リュリウスが目を細めて微笑んだ。
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