勇者の血脈~始祖は伝説の迷い人~

「お父様、只今戻りました」
 お父様の執務室に入って挨拶した。
「ご苦労だったな。掛けるといい」
 お父様と向かい合わせでソファーに座った。
「冒険者ギルドでお金をもらいましたので、ここに出してよいですか?」
 お父様に許可を求めた。
 お父様が頷くのを確認してから、
 魔法袋からお金の入った袋を取り出して置いた。
「全部で白金貨千五百八十七枚と金貨五十三枚あります。あと、もしかしたら追加でいくらかもらえるかもしれません」
「は? 白金貨千五百!? 何かの間違いではないのか? 何をしたらそんなに報酬がもらえるのだ?」
 お父様が目を丸くして言った。
 驚くのも無理はないと思う。確か、アカツキ領から国への税金は白金貨五十枚だと聞いたことがある。アカツキ領は公爵領だけど、辺境の地だし、魔人族と獣人族の国に隣接していることもあって、金銭の負担は極端に軽減されているらしい。それでも毎年支払って維持していくのがやっとだっていうから、貧乏なのも頷けるかも。
「依頼をたくさん受けました。あと、討伐場所の森で遭遇した魔物や動物を狩ったり、卵見つけたりして、全部換金してもらいました」
 僕は笑顔で説明した。
 お父様は首をかしげていた。
「僭越ながら、発言してもよろしいでしょうか?」
 リュリウスが僕の後ろからお父様に声をかけた。
「よい。許す」
 お父様がソファーに深く沈んで言った。
「依頼の途中で、SSランクのロック鳥に遭遇しまして、逃げようとしましたが、私が捕まってしまい、レオンハルト様が助ける形で討伐されました。希少価値が高い魔物ですから高額の報酬をいただきました。それともう一つ、コケット鳥の巣で卵を発見いたしました。この二つの買い取り代金が報酬のほとんどを占めていると思われます」
「ロック鳥!? 倒したの!? コケット鳥の卵!? あの幻のか!?」
 お父様は目が飛び出てきそうなぐらい見開いた。
「ええ、その通りです。それから、コケット鳥の卵はオークションに出すそうで、もし高額で売れた場合は追加代金を支払うという契約を交わしました。その際は、アカツキ領の公爵家に一報をいただくようお願いしております」
 リュリウスの言った契約書を魔法袋から取り出して、お父様に差し出した。
 お父様は受け取った。契約書に目を通した後、後ろに控えていたカルバスに渡した。
「あと、これはギルドマスターが記念にプレゼントしてくださいました」
 魔法袋からロック鳥の風切羽を取り出し始めたら、リュリウスが手伝ってくれた。
「な!? 大きいな! これはもしかしてロック鳥の羽根か!?」
 お父様がそっと羽根に触れた。
「そうです。一番小さくて綺麗な風切羽を左右で選んでくれたそうです」
 僕はドヤ顔で言った。
「これはすごいな! 思ったより軽いみたいだな」
「はい、ビックリするぐらい軽いです。記念品だから飾っておこうかと思ったのですが、こんなに綺麗だから、埃がつくと勿体ないと思うのでどうしようかと考えているところです」
「それなら、その魔法袋に入れておきなさい。一番保存状態がよくて安全だ」
 お父様が苦笑いして言った。
「分かりました」
 そう言って、魔法袋にしまうと、今度はロック鳥の魔石を取り出そうとした。
 リュリウスがすかさず手伝ってくれて、ソファー横の床に置いた。
「ロック鳥の魔石ですが、ギルドでは買い取りできないと返されました。オークションにかけるのもやめた方がいいとギルドマスターは言っていました」
 お父様は驚きながら魔石を恐る恐る触った。
「大きい! しかも状態がいい。この大きさだと魔力もとてつもない量だな。確かに扱いが難しいだろう。これも当面は魔法袋にしまっておいた方がいい」
 お父様の言うことを聞いて、魔法袋に戻した。
「お金の使い道ですが、お父様にお任せしてもよいですか」
「そのことだが、取り急ぎタルス村の復興や納税などに必要な分はありがたく使わせてもらおう。だがこれだけの大金だ。時間をかけて投資することもできる。レオン、次期当主として、何か提案はないか?」
 お父様が真剣な顔で訊ねた。
 何か試されているのかな?
「は、はい、えーっと……、アカツキ領にはこれと言った特産物がありません。ですから、領内で何か作れるものを探してそれを作る資金にしてはどうでしょうか。あと、我が家が経営する孤児院はかなり古くなっているので、立て直すのはどうでしょうか? すぐにはこのぐらいしか思いつかないです」
 今まで思っていたことを言ってみた。突然聞かれて考えがしっかりまとまらなかった。
 お父様をちらりと見た。
「中々視点は悪くない。だが、実際に何を作るかが難しいところだ。誰に相談してもいい、もう少し具体的に考えてみなさい。他の提案でもいいから、思いついた事を形にできるところまで考えがまとまったら、いつでも提案しに来なさい」
「はい。分かりました。僕なりに考えてみます」
「楽しみに待っている。あと、白金貨百枚と金貨はレオンが持っていなさい。今後の資金にするといい」
「はい」
 お父様に言われた通りにリュリウスがお金を分けて渡してくれたので、魔法袋に入れた。
「それと、レオンが退治したベヒーモスの皮は警備隊の防護服に使わせてもらった。事後承諾ですまない。だが、爪と目玉と牙と角と骨は綺麗に洗って宝物庫に保存してあるから、レオンの好きに使いなさい」
「ありがとうございます。早速取りに行きます」
 てっきり商人に売ったと思っていた。
 武器の素材に使えるものは加工してもらって、それ以外はギルドに買い取ってもらえるか、グリートさんに相談してみよう。
 僕は席を立ち、お父様の執務室を後にした。

 リュリウスと共に転移魔法でペルティーノ領の中心地にある冒険者ギルドにやってきた。
 ギルドの鑑定コーナーにミルックさんを見つけた。
「ミルックさん! また買い取りしてもらいたい物があるのですが――」
 ミルックさんが僕達に気付くと、慌てて駆け寄ってきた。
「アカツキ様、買い取りは依頼にある物ですか?」
 ミルックさんが小声で尋ねた。
「レオンと呼んで下さい。いえ、以前うちの領に出た魔物で、解体は終わっています」
「アカツキ様、いえレオン様、それはもしや例の魔物ですか?」
 ミルックさんが小声で続けた。
「例の魔物? あ、そうそうベヒー」
「レオン様、交渉は私にお任せいただけませんか?」
 リュリウスが僕が全部言い終わらないうちに、話しかけてきた。止めてくれなかったら、ベヒーモスって言ってしまうところだった。
 目立ちたくないなら発言も気を付けないと。
「リュリウス、任せるよ」
 僕はリュリウスに一任した。
「かしこまりました。ミルック様、ギルドマスターにもお会いできますか?」
「はい、ご案内します」
 ミルックさんに連れられて、ギルドマスターの執務室にやってきた。
「グリードさん、こんにちは!」
 部屋に入るなり、グリートさんに挨拶した。
「おう、坊主、また何かやらかしたか」
 グリードさんがにやついて言った。
「僕、何もしてないよぉ。コレの買い取り相談しに来ただけだもん」
 ちょっと口を尖らせながら、魔法袋から、爪と角と牙と目玉と骨の一部を取り出して、テーブルに置いた。
 グリートさんはギョッとして素材を凝視した。
「これは、ベヒーモスか!? おい、ミルック、すぐ鑑定しろ!」
 グリートさんが慌ててミルックさんに命令した。
「は、はい、失礼します!」
 ミルックさんが白い手袋をはめて、素材を丁寧に手に取った。
「やはり! そうです、間違ないです!」
 ミルックさんは素材を静かにテーブル置いた後、叫んだ。
「マジかぁ、素材が出回ってないからどうしたのかと思っていたが、まだ持っていたんだな。坊主、皮と肉と残りの骨はどうした?」
 グリートさんが僕に尋ねた。
「お肉は討伐の時にすぐに解体して、その場で領民に分けちゃったからもうないよ。皮は警備隊の防具服にしたって。他の骨は今持っているよ。大きくてたくさんあるから、床に出すね」
 そう言って、広いスペースの床に骨を全部出して並べた。
「圧巻だな! 綺麗に首の骨が切断されているな! これも剣で切ったのか?」
 グリートさんが感嘆を漏らして言った。
「ううん、違うよ。この時は咄嗟に風魔法を放ったら、運よく首が落ちたみたい」
「いや、それは運とはちがうと思うぞ。うん」
 グリートさんが呆れた顔で言った。
「状態もとても綺麗です。目玉はオークションに出すとして、他は色々と使い道がありそうですね」
 ミルックさんが嬉しそうに言った。
「申し訳ありません。鑑定していただいて申し訳ないのですが、できれば牙と角と骨はいくつか武器に加工したいと思っておりまして」
 リュリウスが申し訳なさそうに言った。
「そうか。残念だが、仕方がないな。ベヒーモスは骨ですら大きくて固いからな。武器に丁度いい。どのぐらい必要なんだ?」
 グリートさんがリュリウスに尋ねた。
「そうですね、主に利用するのは私達ですが、加工できる武器によっては、領の警備隊にも配布したいところです」
 リュリウスが的確に返答してくれた。
「なるほど、それならいい職人を知っているぞ。俺が現役の時にお世話になった親方だ。おい、ミルック、ダルベウムの親父を連れてきてくれ」
「分かりました。少々お待ちを」
 ミルックさんがすぐに部屋を出て行った。
「坊主、お前の強さの秘密はなんだ? 普通に修行したぐらいじゃあそんなに強くはならないだろう?」
 グリートさんが何気なく聞いてきた。
「う~ん、何て説明したらいいのかなぁ」
 始祖様の本とか神々の加護とか色々説明する訳にもいかないしなぁ。
 ちらっとリュリウスを見た。
「レオン様は生まれつき魔力も身体能力も優れている上に、物心ついた時から熱心に修行しておりました」
「何か特別な修行方法でもあるのか?」
 グリートさんが食いついてくる。
「特別かどうかは知りません。才能と努力の賜物です」
 リュリウスがドヤ顔して言った。うまくはぐらかせたとでも思ったのかな?
 グリートさんは納得いってないみたいだけど?
「リュリウスも強いからな、それと子供のころから修行していれば強くなるのか? それとも他に何か秘密が?」
 グリートさんが小声でブツブツ言っていたけど、僕達はあえて突っ込まないことにした。

「お待たせしました。ダルベウムさんをお連れしました」
 ミルックさんが白髪交じりの強面のおじさんを連れて戻ってきた。
「おい、グリート! 何の用だ? オレは店を息子に継がせて隠居するって言っただろうが!」
 ダルベウムさんがカリカリした様子でグリートさんに詰め寄った。
「来てもらって悪いな。坊主、このオヤジがさっき言っていた武器職人のダルベウムだ。ダルベウム、ここだけの話だが、この坊主はうちのSランク冒険者でアカツキ公爵領領主の息子のレオンハルト・アカツキ様だ」
 グリートさんが思ったよりちゃんと紹介してくれた。
「Sランクだとう!? あ、あれか、最年少冒険者が現れたって噂の。まだ登録したばかりでSランク? それに公爵の息子って、何でお偉い貴族様が冒険者なんかやっているんだ? 冗談だろう?」
 ダルベウムさんは目が飛び出そうなぐらい驚いて言った。
「いや、これが冗談じゃないんだ。Sランクというのはギルド職員にも口止めして公言してないが、公爵の息子というのはこのギルドでは俺とミルックしか知らない話だ。内密に頼む」
 グリートさんが真剣な顔で説明した。
 その雰囲気を察したのか、ダルベウムさんは頭を掻いた。
「で、何故俺をこの方に紹介することになったんだ?」
「実はな、そこのベヒーモスの骨やら牙やらで大量に武器が作りたいと言ってな、それならお前さんが適任だろうと思ってな」
「は? こいつが? あの噂は本当だったのか? おい、鑑定は済んでいるのか? ミルック、どうなんだ?」
 ダルベウムさんがミルックさんに詰め寄った。
「は、はい、鑑定済みです。間違いありません」
 ミルックさんが両手でガードして顔をのけぞりながら言った。
 それを聞いたダルベウムさんがテーブルに詰め寄り、牙や爪などを間近で睨め付けるような目で見た。
「どうだ? 作れそうか?」
 グリートさんが言った。
「こんな貴重な素材は滅多にお目にかかれない。コイツは頑丈だという伝承があるが、俺が生きている間に出回ったことは一度もない。職人の腕がなるってもんよ。これを息子に任せるなんてとんでもない。引退なんてやめだ。俺にやらせてくれ!」
 ダルベウムさんが興奮しながら言った。
「だとよ、坊主。このオヤジの腕は俺が保証するが、どうだ?」
「はい、グリートさんが推薦される方なら是非お願いしたいな」
 僕がそう言うと、ダルベウムさんが僕の前に立った。
「アカツキ様、ご無礼をお許しください。改めまして、俺、いや私はダルベウムといいます。この貴重な素材を扱わせていただけるとは、身に余る光栄です」
 ダルベウムさんが頭を下げた。
「レオンハルト・アカツキです。よろしく。堅苦しいのは苦手なのでここでは普通に話してください。あと、名前で呼んでください。この者は執事のリュリウスです」
 リュリウスにも挨拶を促した。
「リュリウスと申します。正式にはレオン様の専属執事です。レオン様はアカツキ領次期当主でありますが、アカツキ領の財政難の為、こうして冒険者として活動しておられますので、どうかご内密にお願いします」
 リュリウスが頭を下げた。
「まあ、この前のお金で財政難はどうにかなったんじゃなないか?」
 グリートさんが苦笑いして言った。
「ええ、しばらくはお金に困らないと思いますが、今後の為にもまだしばらくは冒険者として活動されるおつもりだと思います」
 リュリウスが僕の心境を伝えた。特に話したつもりはないけど、リュリウスはお見通しみたいだ。
「レオンハルト様、お願いがある!」
 ダルベウムさんが勢いよく言った。
「何かな?」
「武器を使う人の体格や得意分野に合わせて武器を作ってみたいから、その打ち合わせがしたい。勿論お金は通常料金でいい!」
 ダルベウムさんが目を輝かせて言った。
「分かった。それならアカツキ領に来てもらった方が早いね。お父様に許可をもらってすぐに戻ってくるから、支度を済ませて待っていて」
「いや、すぐにっていっても、領と往復では最低でも一カ月以上かかるだろう?」
 グリートさんが怪訝そうな顔で言った。
「大丈夫。お父様が屋敷に居るなら数分で戻って来られると思う。じゃあちょっと行ってくるね」
 そう言って僕は、リュリウスを掴んで転移魔法でアカツキ領に移動した。
 グリートさん達が呆気に取られて茫然としていたことを後になって聞かされるとは、この時夢にも思っていなかった。

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