僕とリュリウスは、ペルティーノ領の中心地にやってきた。この領地は王都からも程よく離れていて、アカツキ領からは領地二つ挟んだ位置にある。隣国との境で貿易が盛んなこともあり、裕福でとても栄えていると聞いたので乗合馬車を乗り継いでやってきた。
王都並みに人通りが多く、街も活気があふれているみたいだ。
まずは冒険者ギルドに行こう。
道行く人に尋ねながら、冒険者ギルドにたどり着いた。
流石、裕福な領の冒険者ギルドは建物からして大きくて立派だ。
「レオン様、塩を売るなら商業ギルドの方がよいのではないでしょうか?」
リュリウスが言った。
「うん、考えたんだけど、あの塩は売らないことにした」
「高品質で有名なソルトルティ領の塩と同等いえ、それ以上に美味しいと思いますので、高値で売れると思いますが……」
リュリウスが不思議そうな顔をした。
「うん、多分ね。でも、美味しい塩は領民みんなで分けたいと思って」
「なるほど。まぁ、うちの領は今他所の塩を購入していますから、あの塩があればその分のお金が浮きますしね。しかしそうすると、領内の塩を販売している店は困るかもしれませんから、その対策も必要ですね。その辺りはまたミッシェルト様と相談されればよろしいかと」
リュリウスがそれとなく提案してきた。
「そうだね。リュリウスの言う通りだ。何でも配給って訳にはいかないね。お父様にまずは相談かな」
僕は苦笑いして言った。
建物の中に入ると、冒険者らしき人がたくさんいた。子供がいるのが珍しいのか、ぶしつけな視線を感じた。
受付らしきカウンターに行くと、お姉さんが優しく声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件ですか?」
「あの、冒険者登録したいのですが、年齢制限とかありますか?」
前に子供は冒険者登録できない場合もあると聞いたので、あらかじめ確認してみた。
「はい、基本的には成人した方、十六歳以上の方となっております。ただ、十歳以上の方は、ご家族の同意や保証人がいて、登録の試験に合格すれば登録できます」
お姉さんが笑顔で答えた。
「良かった、僕十歳です」
僕はニッコリ笑顔で答えた。
「私、リュリウスがレオン様の保証人になります」
リュリウスがそう言って、カードを取り出してお姉さんに見せた。
「はい、問題ありません。では、この紙に必要事項を記入して下さい」
お姉さんが差し出した紙とペンを受け取った。
名前と年齢と出身領を書く欄があり、記入してお姉さんに渡した。
「それでは試験ですが、簡単な実技試験をします。あちらを真っ直ぐ行って右に曲がると訓練場がありますので、そちらでお待ちください」
お姉さんに言われた通りに進んだ。
訓練場と呼ばれたところは、建物外にあった。地面は土で広場を塀で囲んだようなところだった。
「えーと、お前がレオンハルトか?」
後ろからやってきた男が声をかけてきた。
いかにも冒険者という風体だった。体格もよく、かなり鍛えているみたいだ。
「はい、レオンです。よろしくお願いします」
元気よく答えた。
「俺はグリートだ。試験管を務める。まずはこの木剣でかかってこい」
グリートさんが木剣を僕に渡した。
僕は木剣を受け取ると、間合いを取って構えた。
グリートさんも木剣を構えた。
「始め!」
グリートさんの合図で、試験が始まったみたいだ。
グリートさんはかなりの使い手みたいで、構えにスキがない。
僕は木剣を左脇に構え直して、間合いを詰めた。
グリートさんが一瞬目を見開いた。そのスキに木剣を左下から右上に振り上げ、グリートさんの木剣を弾き飛ばし、更に間合いを詰めて、木剣をグリートさんの首の横に寸止めした。
グリートさんはビックリした様子だったが、すぐに気を取り直して言った。
「そこまで!」
終わりの合図で僕は木剣を下ろした。
「坊主、やるなぁ。文句なしの合格だ。十歳で合格したヤツなんぞ、初めてだぞ」
グリートさんが僕の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
「レオン様!」
少し離れたところにいたリュリウスが駆け付けて、グリートさんの手を軽く払いのけた。
「おいおい、ちょっと撫でただけじゃねぇか」
グリートさんは怒っていないようだった。
「つい、すみません。レオン様、出過ぎたことをしました」
リュリウスがグリートさんと僕に誤った。
リュリウスは本当に過保護だなぁ。頭撫でられるなんて経験があまりなかったから、ちょっと嬉しかったぐらいなのに。
「剣術はお前さんが師匠か?」
グリートさんがリュリウスに尋ねた。
「いえ、練習相手ではありますが、師匠は別にいらっしゃいます」
おそらく始祖様のことだよね。直接教えてもらっている訳じゃないから、師匠というのともちょっと違う気もするけどね。
「そうか、師匠なら手合わせ願いたいところだったがやめておこう。ほら、サインしたから、これを受付に持っていけ」
グリートさんが受付で書いた紙を持っていたらしく、それを僕に渡した。
合格、と大きく書かれていた。
「ありがとうございました」
お礼を行って訓練場を後にした。
受付に戻ると、紙を提出した。
「え? ――合格ですか? お、おめでとうございます。では登録の手続きいたします」
お姉さんが受け取った紙を見てビックリしながら言った。
「おい、あの子供合格だってよ」
「最年少冒険者の誕生か?」
合格という言葉に、周りがざわざわしてるような気がする。
さすがに僕ぐらいの年齢の子が冒険者になろうなんて思わないからかな。
「はい、登録完了しました。こちらが登録カードになりますので、なくさないでくださいね。始めはFランクからになります。依頼はご自分のランクと同じかそれ以下の依頼しか受けれませんが、二人がパーティ登録されるのであれば、ランクの高い方と同じランクの仕事を受けることができます」
「では、パーティ申請お願いします」
リュリウスが答えた。
リュリウスのランクって何だろう?
「はい、登録しました。依頼を受ける時は、あちらの掲示板から依頼票をお持ちください」
「ありがとう」
リュリウスが微笑むと、お姉さんが少し顔が赤くなった気がした。
「レオン様、さっそく掲示板見てみますか?」
「うん」
僕たちは掲示板の依頼票をじっと見た。
「リュリウスのランクって何?」
「Bです」
「じゃあBランクの依頼なら受けられるね」
ランクが高い方が報酬も良さそうだ。僕のランクに合わせていたらたくさん稼げない。
「これなんかどうですか? Cランクでここ領内の山で多分見つかるかと」
「じゃあそれと、他にこの山で達成できそうな依頼ある?」
「そうですね、あ、このBランクとこのDランク、あとこのCランクのもそうですね」
リュリウスはこの領で冒険者として修業していたみたいで、頼りになるなぁ。
「じゃあ、それ全部受けよう」
僕がそう言うと、リュリウスは依頼票を全部取って受付に持っていた。
依頼の前に、武器を調達しに武器屋にやってきた。棚や壁など至るところに武器がたくさん置かれていた。
「見ない顔だな」
武器屋の親父さんが不愛想な顔でジロジロと見てきた。
「少し見させていただきますよ」
リュリウスがしれっと言って、武器を手に取って品定めをし始めた。
僕は始祖様が使っていた日本刀があるから他の武器はいらないかと思ったけど、投てき用のナイフとか弓矢など色々あった方が効率が良いとのことで、僕の分も買いにきた。
武器屋は見たことがない武器もあって、武器の他に装備品などもたくさん置いてあった。
「レオン様、この短剣と弓矢と投てき用のナイフ、あと、この剣も念の為買いましょう」
リュリウスがてきぱきと僕と自分の分を選んだ。
「まいど」
武器屋のおじさんがぶっきらぼうに言った。
武器屋の次は、隣にある薬屋に寄った。
「いらっしゃいませ!」
愛想のいいお姉さんが声をかけた。
「体力回復と魔力回復と状態異常の回復、あと解毒のポーションを五個ずつください」
リュリウスが迷わず注文をした。
魔法で回復できるけど、魔力が尽きたらそれもできなくなるから、出来るだけ準備しておいたほうがよいらしい。
「お待たせしました。金貨三枚になります」
リュリウスが金貨三枚を支払って受け取ると、お店を出た。
準備が整ったところで、山へ向かうことにした。山の近くの村まで乗合馬車が出ているので、それに乗った。
山はとても静かだった。
でも、気配はある。それが動物なのか魔物なのかまでは分からないけど、山には不思議な空気が流れていた。
しばらく歩いたところで、魔物に遭遇した。
「レオン様、討伐依頼のあったレッドボアですよ。今回の依頼は爪と牙だけみたいですが、皮も素材になりますから、出来るだけ、一撃で首を落としたほうが良いです」
リュリウスが耳元で囁いた。
「分かった。僕がやる」
小さい声で答えると、僕は魔法袋から日本刀を取り出し、忍び足で近寄った。
さすがに近くまで来ると、レッドボアは僕に気が付いて威嚇してきた。
そしてレッドボアの前足が地面に着いたところで、一気に間合いを詰めて日本刀を上段に構えて飛び上がった。
ザシュッ!
一太刀で首を切り落とした。
「レオン様、お見事です! また腕をあげられましたね」
万が一に備えて臨戦態勢だったリュリウスが警戒を解いて近くにきた。
「これなら依頼達成できるよね?」
「はい、解体はギルドで請け負ってくれますから、このまま魔法袋に収めてください」
レッドボアの死骸を魔法袋に収めた。
「この調子でどんどん魔物を狩っていこう」
気が大きくなった僕はどんどん山の奥に進んで行った。
リュリウスが背負っていた弓矢を取り出し、構えた。
その先を見ると、鳥の魔物が飛んでいた。
シュッ! バサッ!
リュリウスの弓が命中した。
リュリウスの弓の腕前を見るのは初めてだったから、ちょっと感激してしまった。
飛んでいる鳥を射抜くのは難しい。僕はまだ止まっている鳥すら狩れるか怪しいからね。
仕留めた鳥を掴まえにリュリウスが走っていった。その後を僕も追った。
「リュリウス、すごいね!」
「ありがとうございます。どうやら巣に帰るところだったみたいですね。あそこの木の上に、巣があります」
リュリウスの指すところを見ると、鳥の巣が見えた。
僕は覚えた飛行魔法を使って巣まで飛んだ。
飛行魔法は風魔法を応用したもので、始祖様は何故か武空術と呼んでいたみたいだけど、この世界では飛行魔法という。
巣の中には卵が三つあった。
割れないようにそっと取って魔法袋に入れて、地面に着陸した。
卵は依頼にはなかったけど、売れるかもしれないし。
「リュリウス、巣に卵があったから取ったよ」
「珍しいですね。この鳥は卵を産んでから羽化が速いから、卵の状態で見つけるのはなかなか至難の業なんですよ。今回は羽根の依頼ですけど、卵も高値で売れると思いますよ」
リュリウスが笑顔で言った。
山の中をどんどん歩いて行くと、何度か依頼にあった魔物に遭遇し、討伐して全部魔法袋に収めた。
最後の依頼で薬草採集のために、頂上にたどり着いたところだった。
――――バサバサッ!
鳥が羽ばたくような音がした。それもかなり大きい。
強い風が吹いて前が見えなくなる。
リュリウスが僕の前に立って風を防いだ。
――キェ!
奇妙な鳴き声が聞こえたので、リュリウスの体越しに覗いてみた。
見たことがないぐらい巨大な鳥の魔物だった。
「うわぁ、大きい!」
つい声に出てしまった。
「私も見るのは初めてですが、こんなに大きい魔鳥は、おそらくロック鳥ではないかと」
リュリウスが鳥から目を離さないで言った。
「強いの?」
「ええ、多分。Sランク級の魔物ですよ。それに飛ぶ相手ですからね、厄介です」
リュリウスが冷や汗をかいている。
相当強い魔物なんだな。これは逃げるしかないかな?
「転移魔法で逃げた方がいいかな?」
「そうですね、ここは戦わない方が賢明です。冒険者ギルドの近くまで転移できますか?」
「うん、やってみる」
リュリウスの腕を掴んで、転移魔法を使おうとした時だった。
――ケェ!
巨大な魔鳥が羽ばたいたと思ったら、すごい勢いで飛んできて、足でリュリウスの体を掴んだ。
「あ!」
魔法を発動する前にリュリウスが僕から離れてしまったため、慌てて中止した。
「リュリウス!」
僕は叫んだ。
巨大鳥はリュリウスを掴んだまま僕を威嚇した。
リュリウスの体に巨大な爪が食い込んでいで、リュリウスは血を流して気を失っているみたいだった。
叫んだって状況は変わらない。
何とかリュリウスを助けなきゃ!
巨大鳥が飛び立った。
僕は急いで飛行魔法を使って鳥の背後に飛んだ。
鳥は背後を気にしている様子もなかった。
飛ぶ魔物の中でも、コイツを倒せるのはドラゴンぐらいなんじゃないかな。でもこの山にはいないから、空では油断しているのかもしれない。
鳥の上に飛んで首を落として素早くリュリウスを空中で受け止めれば何とかなるかもしれない。どのみちこのままではリュリウスは死んでしまうかもしれない。
ごめん、リュリウス。危険な賭けだけど、僕はこの方法しか助ける方法を思いつかないんだ。
意を決して魔法袋から日本刀を取り出し、素早く巨大鳥の真上を飛行すると、巨大鳥の頭に降りた。
そして日本刀を一気に振り下ろした。
ゴキュッ!
首を切り落とし、落ちながらもすぐさまリュリウスを掴んでいる足を切って、リュリウスの体を掴み、飛空魔法を使いながら胴体を横に蹴った。
人を抱えて飛行魔法を使ったことがなかったので、中々安定しなかったが、何とか無事山頂に着陸できた。
リュリウスをそっと地面に降ろすと、急いで回復魔法を使った。
「リュリウス! 死なないで!」
僕は泣きながらリュリウスの体を揺さぶった。
リュリウスがそっと目を開けた。
「私は鳥に捕まったはずでは……」
リュリウスが状況を飲み込めずにいた。
「良かった! もうダメかと思った!」
リュリウスに思わず抱きついて言った。
「――もしかして、レオン様が助けて下さったのですか?」
リュリウスが目を見開きながら尋ねた。
「ごめん、リュリウス。僕が転移魔法の発動に時間がかかってしまったから、リュリウスをこんな目に合わせてしまって――」
リュリウスの上から体を起こし、涙をぬぐって言った。
「レオン様が謝る必要はありません。助けて下さってありがとうございます。しかし、もし次にこのようなことがあったら、ご自分の命を最優先に考えてください」
リュリウスが体を起こした後、うつむいて言った。
「――そうだね、リュリウスの言う通りにしないといけないんだろうね。でも僕はリュリウスを見殺しにするような人間にはなりたくないし、自分の命もリュリウスの命も大切なんだ。今回はリュリウスの命を懸けてしまう方法しか思いつかなったから、失敗したらリュリウスは確実に死んでいた。後悔するとしたら、そのことだけだよ」
涙を目にためて言った。
「分かりました。レオン様を危険にさらさないためには、今以上に自分の身も守らないといけませんね」
リュリウスはため息交じりに力なく笑った。
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