「始祖様ってすごいなぁ」
僕は一人呟いた。
始祖様が書いた本を見つけてから、この二年間で始祖様の書いた本は全て読破した。
だって何だか面白いんだもん。
意味が分からないところもあったけど、取りあえず分かる範囲で勉強している。聞いたことがない魔法、体術、剣術、体を鍛える方法など様々な情報が書かれている。特に魔法は独自の使い方が書いてあるみたいで、まだまだ習得できていない魔法がたくさんある。
今日は何を習得しようかな、何て考えていた時だった。
「領主様、大変です!」
玄関ホールから大きな声が聞こえた。
只事じゃあなさそうな雰囲気だったので、部屋を出て様子を見に行った。
警備隊の兵士が血相を抱えて駆け込んできたみたいだ。
お父様とカルバスが兵士と話していた。
「タルス村の外れに、巨大な魔物が現れました! ま、魔の森から来たものと思われます」
兵士が息を切らしながら訴えた。
「魔物の種類と数は? タルス村の民は無事か?」
お父様が兵士に尋ねた。
「魔物は一体、ベヒーモスではないかと言っていた者がおります。すぐにこちらへ駆けつけましたので、被害はまだ分かりませんが、魔物は村の集落に向かっていると思われます」
お父様とカルバスは驚いた顔をしていた。
「まずいな、もし本当にベヒーモスだとしたら、警備隊や私の力で倒せるかどうか……。だが、選択の余地はない。命を賭してでも、倒すなり追い払うなりするしかない。君はすぐに隊に戻るように」
お父様が兵士に命令してから、カルバスに指示を出した。
「カルバス、ここを頼む。私に何かあった場合は――分かるな?」
「旦那様、お供させて下さい!」
カルバスが珍しく声を張り上げた。
「旦那様、後のことは私にお任せ下さい! 戦力は一人でも多い方がよいはずです。父をお連れください!」
いつの間にか玄関に来ていたリュリウスがお父様に頭を下げた。
お父様はため息をついた。
「――分かった。リュリウス、頼んだぞ。カルバス、すぐに支度をしろ」
お父様はそう言い残すと急ぎ足で立ち去った。
カルバスはその後ろ姿に軽く頭を下げた。
お父様達のやり取りを聞いていると、ベヒーモスという魔物は相当強いみたいだ。
僕は足に力が入らなくて、その場でペタンと座り込んでしまった。
お父様大丈夫だよね? 無事に帰ってくるよね?
心配で仕方がない。僕の体がブルブル震えた。もしお父様が、って考えるだけで体が震えてくる。
でも僕が付いていったって、足手まといになるだけだよね……。
「レオンハルト様、ミッシェルト様がお出かけになりますので、お見送りを」
リュリウスが僕の元へ来て言った。
玄関で待っていると、お父様とカルバスが武装した姿で現れた。
「では、行ってくる」
お父様がそういうと、二人は用意された馬に乗って急ぎ駆けていった。
お母様とリュリウスと一緒に、お父様達が魔物退治に行くのをただ見送るだけだった。
どれぐらいの時間が経っただろう。もう何日も待っているような、そんな感覚がした。
お父様に連れられて動物を狩りに行ったことはあるけど、魔物と戦ったことはない。僕が子供じゃなかったら、お父様と一緒に戦えたかもしれない。こうやって家で待っているだけなんて、不安で仕方がない。
戦えなくても、せめて僕にできることはないのかな。始祖様の本で治癒魔法だって覚えた。怪我をした人を助けることができるかもしれない。
やっぱり待っているだけなんて嫌だ。後悔したくない。
僕は意を決して、お母様やリュリウスに見つからないように、そっと家を抜け出した。
厩に行き僕専用の馬に跨ると、タルス村へ向かった。
もうすぐタルス村に着くというところで、村の集落の方から火の手が見えた。
村民達が怯えて興奮した様子で、村から逃げてくる。
急いで馬を走らせると、村内は混乱しているようだった。遠目でよく見えないけど、逃げ遅れた村民が泣き叫んでいるようだ。警備隊の兵士達は何人も倒れて動かなくなっていたり、怪我をしても尚、戦おうとしている人もいた。
騒乱の中央には巨大な牛のような魔物が興奮した様子で兵士達を攻撃していた。
辺りの民家は壊されていたり、燃えているものもあった。
もっと近づこうとしたら、乗っていた馬が興奮し出したので、降りた瞬間、馬は来た道を走って逃げていってしまった。
僕は初めて見る強大な魔物に足が竦んで動けなくなった。
お父様は無事なの? どこにいるの?
ここからではお父様の姿は確認できなかった。足が竦みながらも、必死でお父様を探した。
居た! 最前線で戦っているのが見えた。カルバスが少し離れたところで倒れていた。
「カルバス!」
僕はカルバスに駆け寄った。意識は失っているみたいだけど、まだ息はあるみたいだ。
目の端に、お父様が魔物の足に剣を突き立てたのが見えた。
「バウォー!」
魔物が雄叫びを上げながら、暴れ始めた。前足でお父様とその付近にいた兵士達を払いのけた。
お父様達の体が宙に浮いたと思ったら、勢いよく地面に叩きつけられた。
「お父様!」
お父様が僕の声に反応したのか、頭を上げて僕の方を見た。
「レオン? ――こっちに……来るなぁ、レオン!」
お父様に駆け寄ろうとしていた時、魔物が前足でお父様を踏みつぶそうとしていた。
「――やめろぉぉぉ!」
僕は咄嗟に魔物に向かってありったけの大声で叫びながら両手を突き出した。
風で大きな鎌の刃を作るイメージしながら、魔力を込めて叫んだ。
「かまいたち!」
――間に合って!
祈るような気持ちで魔力を放った。
その瞬間、ビュンと風を切る音がした。
ドスン、ドスン! 間髪入れずに何かが上から地面に落ちる大きな音がしたと思ったら、魔物を首が落ちていた。続いて首から下の胴体も前足を片側上げていたから、バランスを崩して後ろに勢いよく倒れた。
お父様を踏みつぶそうとしていた足を攻撃したつもりが、一撃で首を切ってしまったみたいだった。
その場に居た誰もが何が起こったのかすぐには理解できずに唖然としていた。
しばらくの沈黙の後、
「うぉー!」
「ベヒーモスを倒したぞ!」
「領主様万歳! レオンハルト様万歳!」
無事だった兵士達の間から歓喜の声があがった。
はっと気が付き、ぐったりしているお父様の元に駆け寄った。
「お父様、死なないで! お父様ぁー!」
泣きながらお父様に縋りついた。
「レ、レオン、無事か? 何故ここにいる? ベヒーモスに何をした?」
お父様が薄目を開けて僕を見て言った。
「お父様! 良かった! 生きてる!」
泣きながらお父様に抱きついた。
「つぅ、レオン、痛いから少し離れなさい」
お父様が顔を歪めながら言った。
「あ、ごめんなさい!」
お父様から飛びのくようにして少しだけ離れた。
生きてはいるものの、口からは血を吐いたみたいで、顔色が悪く重症みたいだ。
確か始祖様の本で治癒魔法も勉強したはず。
「お父様じっとしていて下さい! ヒール! 完全治癒! 完全回復!」
お父様の体に両手をかざして唱えた。お父様の体全体を聖魔法の光で包み込むようなイメージで魔力を込め続けた。
治れ! 体の中の怪我も全部治れ!
祈るような気持ちでお父様を見ていた。
お父様の顔色がみるみる良くなっていき、体のあちこちにあった傷も消えていった。
「あれほど痛くて動けなかったのが、嘘のようだ」
お父様は驚きながら、体を起こして僕の両肩を掴んだ。
「レオン、今のは……、聖魔法の治癒魔法が使えるのか? 完全治癒なんて魔力消費が大きい魔法を使って体は大丈夫か?」
「え? 何ともないですけど……。お父様はお体大丈夫ですか? どこか痛いところはないですか?」
治癒魔法は初めて使ったから、ちゃんとできたか少し心配だった。
「大丈夫だ。ありがとう。色々と聞きたいことはあるが、今はその時ではないな。レオン、危ないから下がっていなさい」
お父様が僕に何か言いたそうな顔をしながらいった。大丈夫そうでほっと胸を撫で下ろした。
「お父様、僕にも手伝いをさせてください。まだ魔法は使えますから、怪我人の治療をさせてください。お父様の、領民の役に立ちたいのです」
僕は真剣に懇願した。
お父様はため息をついた。
「分かった。くれぐれも魔力の枯渇には気をつけなさい。重傷者を診てやってくれ」
「はい!」
頼られたのが嬉しくて、笑顔で返事をした。
辺りを見渡すと、重傷者はかなりたくさんいる。何人かは死んでしまったかもしれない。
身震いがしたが、まだ息のある人は助かるかもしれないんだから、このまま放ってはおけない。
僕はまず倒れて動かないカルバスの元へ駆け寄って、まだ息をしているのを確認して治療魔法をかけた。
カルバスがゆっくり目を覚ますと、起き上がった。
「私は重傷だったはずですが、一体なぜ体が動くのでしょうか」
カルバスが不思議そうに僕を見た。
「治癒魔法をかけたんだ。どこかまだ痛いところはある?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。レオンハルト様は命の恩人です」
カルバスが頭を下げて言った。
「カルバスが生きていてくれて良かった」
「ところで、あそこに倒れているのはベヒーモスですか? 誰が倒したのですか?」
カルバスが首をかしげながら言った。
「え、あ、えーっと」
僕が止めを刺して倒したと言っても信じてもらえるだろうか。いずれ誰かから聞くのかもしれないけど、自分から言うのは躊躇われた。
居た堪れなくなって、
「あ、僕、他の人も治さなきゃ。カルバスはお父様を手伝ってあげて」
と言って、カルバスから離れた。
その他にも倒れている兵士達や村民を同じように治療した。
ほとんどの治療が終わる頃には、お父様やカルバス、治療が終わった兵士達がベヒーモスの解体作業に取り掛かっていた。
大きい動物や魔物はそのままでは運べないし、そのままにしておくと腐るからその場で解体するらしい。特に魔物の皮や角や目などは、色々な物の素材に使えたり、肉は食用にできる場合もあるらしい。貴重な魔物は希少価値が高く、高額で取引されることもあると聞いたことがある。
「レオンハルト様!」
声をかけられて振り返ると、息を切らしたリュリウスがいた。
「リュリウス、どうしてここに?」
お屋敷で帰りを待っていると思っていたので、びっくりした。
「それは私の科白ですよ! 勝手に屋敷を抜け出しましたね。何かあったらどうするおつもりですか?」
リュリウスがすごい剣幕で怒りを顕わにしている。
「ごめんなさい」
項垂れて素直に謝った。
「無事で良かったです。貴方に万が一の事があったら、と気が気ではありませんでした。次からは勝手な行動は慎んで下さい」
「分かったよ」
リュリウスの乱れた髪や服装から、とても心配して探してくれたのが分かった。
「では、屋敷に帰りましょう」
そう言うと、リュリウスは口笛で馬を呼び寄せた。馬に僕を乗せると、リュリウスが僕の後ろに乗り手綱を握って馬を走らせた。
僕は疲れたのか、屋敷に着く前に眠くなって意識を手放した。
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