勇者の血脈~始祖は伝説の迷い人~

 タルス村で巨大な魔物を退治した後、僕が目を覚ましたのは翌日の昼だった。
 昼食後、昨日の魔物退治の件で話があるということで、お父様の書斎兼執務室に呼ばれた。部屋にはお父様以外にカルバス、リュリウスがいる。
「昨日の事は覚えているな? 単刀直入に聞くが、ベヒーモスを倒したのはレオン、君で間違いないな?」
 お父様が執務机に肘をつき、両手を組んだところに顎を乗せていた。何だか神妙な顔をしている。
 魔物はやっぱりベヒーモスで間違いなかったみたいだ。初めて倒した魔物はベヒーモスかぁ。他の魔物に遭遇したことがなかったし、戦うのも初めてだったから、無我夢中だったけど、本当に僕が倒したんだぁ。
「多分、そうです」
 お父様の顔色を窺いながら答えた。
「そうか。ではベヒーモスの首を一瞬で切り落としたあの魔法はなんだ?」
「あれは、風の魔法です! かまいたちと呼ぶらしいです。農具に使うあの鎌の刃の部分を風で作るイメージをするように魔力を込めて濃縮させて、刃を勢いよく投げるような感じです。魔物が大きかったので、刃の大きさを魔物のサイズに合わせて巨大な鎌をイメージしました。練習では小さいサイズしか作ったことがなかったので、ぶっつけ本番みたいなところはあったのですが、成功しました。かまいたちというのは、始祖様の生まれた世界のイタチという動物の妖怪というものらしいのですが――」
「ちょっと待て! レオン少し落ち着きなさい」
 まだまだ話したりなかったのだけど、お父様が頭を抱えて制止した。
「全てを理解したとは言えないが、なるほど、かまいたちという風の魔法なのだな。しかし、そのような魔法を誰に教わった?」
 お父様が神妙な顔をして訊ねた。
「えっと、教わったといいますか、図書室にあった始祖様の本に書いてありました」
 始祖様の本については、どう説明していいのか迷ってリュリウスの方をちらっと見た。
「旦那様、僭越ながら、私にご説明させていただけますか?」
 リュリウスがお父様に進言した。
「よかろう。話せ」
「承知しました。まずはこの本をご覧下さい。アカツキ家の始祖様が書かれたと思われる本にございます」
 リュリウスがお父様に近づき、始祖様の本を差し出した。
 この話が出ると分かっていてあの本が用意されているとは、さすが僕の執事。
「これは! うちの図書室にあった見知らぬ文字で記された本か? 読めるのか?」
 お父様が目を見開いて本を受け取って開いた。
「私は読めませんが、レオンハルト様はお読みになることができます。この本は――」
 リュリウスが、僕が始祖様の本を読めるにようになった経緯を話し始めた。
 お父様もあの本の存在は知っていたようだけど、読めなかったんだね。まぁ僕が読めるようになったのも偶然だしね。
「レオンハルト、この本と他にもいくつかあったはずだが、全部読んだのか」
 お父様が驚きながら、僕の方を見て言った。
「はい。全て読みました。分かる範囲で色々と勉強して習得できたものもあります」
「そうか、リュリウスから魔法の基礎や体づくり、剣の振り方の基礎的なことは教えられているはずだが、あれほど強力な魔法をすでに習得しているとは……」
 お父様は感心したように僕を見た。
 やっぱり始祖様の魔法は特殊なのかな? でもいつかは全部習得したいと思っているんだ。
「レオンハルト様は、何をやらせてもとても優秀です。まずは体づくりを、と肉体強化の特訓をしようにも、始祖様の本を参考に既に鍛えられているようです。体術の訓練をしても、独自の護身術のような技を繰り出し、剣術の稽古では見たことがない剣技を使われることもあります。魔法の基礎は難なくこなしていましたし、私が教えられることなど少ないです。せいぜい剣術などの手合わせの相手をするぐらいでしょうか。まさか魔法をそこまで習得しておられたとは知らずにおりました」
 リュリウスが珍しく僕を褒めている? そんな風に思っていたとは知らなかった。いつも特訓は厳しかったから、まだまだだと思っていたんだけど――。
「本来なら勝手に村まで来たこと、魔物に戦いを挑んだことなどを叱らなければならないところだが、レオンがいなければ、今頃私は死んでいただろう。そうなれば、あの村はおろか、アカツキ領全体が壊滅し、領民にももっと死人がでて甚大な被害を被っていたことだろう。それほどベヒーモスは体が大きいだけではなく、強大な魔物なのだ。それを倒したレオンは間違いなく我が領の救世主だな」
 お父様が腕を組んで頷きながら言った。
 そんなに危険な魔物だったのか。
「僕には勿体ないお言葉です。お父様を、みんなを助けたくて、無我夢中でやったことです。勝手に魔物退治の場に行って、ごめんなさい」
 僕は誇らしいという気持ちより、お父様やリュリウスに心配をかけてしまったことを謝りたかった。
「わかっているならよい。命を粗末にしてはならないからな。だが、能力がある者が何もしないで悲劇を迎えたら、一生後悔するだろう。結果論ではあるが、レオンは己ができることをしたまでのこと。まさか子供があそこまで戦えるとは思わなったが、レオンのおかげでたくさんの命が救われた。それは動かしようのない事実だ」
 僕は少し照れくさくなった。しかしお父様のお話しはまだ続いている。
「それにしてもレオン、普段から随分頑張っているようだな。まさかあんなにすごい風魔法や治癒魔法まで習得しているとは思ってはいなかったぞ。レオンは自慢の息子だ。これからも慢心せずに己を鍛えるが良い」
 お父様が微笑んで言った。
「はい! これからも不測の事態に備えて精進します!」
 僕は表情を引き締めて宣言した。
 カルバスとリュリウスが僕たちのやり取りを優しい顔で見守っているのが見えた。
「だが、いくつか問題がある。我が領にベヒーモスが現れたのは隠しようがないが、あの光景を見た者以外は、九歳の子供が魔物を倒したと言っても信じてもらえるとは思えない。信じてもらったとして、それはそれで中央で権力を欲する連中達にしたら、レオンを脅威に感じるかもしれん。あの場にいた者達には箝口令を敷いたが、人の噂に戸は建てられない。見ていた者達のあの興奮具合からしても、何かしら噂が広まるだろう」
 お父様が頭を抱えた。
「お父様が倒したことにするのはどうでしょうか? それなら問題はないと思うのですが……」
 お父様の悩める表情は変わらない。僕の提案では納得していないみたいだ。
「問題はそれだけではないのだよ。レオンは瀕死の者に完全な治癒魔法を使ったからな。それも救世主とあがめられる理由になる。完全な治癒魔法を使える者は、王宮の魔法師団でもそうはいないと聞く。それにまた神殿に目をつけられかねない」
 お父様は深いため息をついた。
 魔物を倒して、治癒魔法で治しただけなのに、僕がやったことはそんなに問題になることだったの? 役に立つどころか迷惑かけているような気になってしまった。
「レオンが落ち込むことはない。胸を張っていろ。後は大人の問題だ。私はレオンを誇りに思っている。――下がってよい」
 お父様が優しい顔見せて、僕を励ましてくれた。
「はい。後はお父様に全てお任せします」
 僕は軽く頭を下げて部屋を出た。

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青猫かいり

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