虹の館の部屋に着いて一息する間もなく、お父様の部屋に集まった。カルバスは部屋に入る前にお父様に何か頼まれていたみたいで、少し遅れて入ってきた。
虹の館はうちみたいに王都に邸宅がなくて、遠く離れた領地に住んでいる上級貴族が王都に滞在する時に泊まるところらしい。敷地内に小さな館がいくつもあって、同じ館に別の貴族はいないみたいだ。
僕とお母様が同じソファーに座り、テーブルを挟んで向いのソファーにお父様が座っている。カルバスはお父様、リュリウスは僕の後ろに立っている。
お父様が深刻そうな顔で、僕が神殿で渡したカードを取り出してテーブルの上に置いた。テーブルの上には、透明な玉が台座に置かれていた。まるで真実の玉が手のひらに乗るくらいに小さくなったみたいなものだった。
「レオン、カードをこの魔導具の上に触れさせて、『紙に真実を映し出せ』と唱えなさい」
「はい、お父様」
魔導具というのは、魔力が込めまれ、魔法を付与された道具のことだって前にリュリウスから教えてもらった。でも魔力とか魔導具とか詳しい仕組みは教わっていないので、よくわからないけど、わが家にも魔導具はいっぱいあって、生活に便利な物ってことだけは知っている。
僕はお父様に言われた通りにした。
「紙に真実を映し出せ」
唱えた瞬間、小さく光ったと思ったら、丸められて紐みたいなもので括られた羊皮紙が現れて、テーブルの上に落ちた。
お父様がすぐに手に取ると、紐をとき、羊皮紙を広げた。お父様の手のひらよりずいぶん大きい。
お父様は、真剣な顔で紙を見つめていた。
「ん? あらゆる魔法の素質あり? 聖魔法だけじゃないのか! てっきり光の色から聖魔法の素質が高いのかと思っていたのだが……。 え? 基礎魔力量、不明? 計測不能? 一体どういうことだ?」
いつも冷静なお父様が目を丸くしている。思わず出てしまったような声が大きくて、口調も珍しく荒っぽい。
お母様も気になったのか、お父様の横に移動して羊皮紙を覗いた。
「あら、レオンはすごいのですね!」
お母様はにこにこ笑顔で喜んでいるみたいだ。
お父様は紙を持ったまま腕を組んで考え込んでしまっている。
「計測不能? 魔力ゼロなのか? いや、それなら魔法素質もないはずだ。ということは、計測できないぐらい量が多いという可能性もあって、でもそうすると……」
お父様がブツブツ言いながら自分の世界に入ってしまった。
僕も見たいのになぁ。でも声かけづらいなぁ。
お父様の後ろに控えているカルバスを見ると、さっきはお父様の声に少し目を大きくした気がしたけど、今はいつも通りの冷静沈着な表情をしている。
後ろを振り返ってリュリウスを見ると、特にいつもと変わらないなぁ。というか、普段から滅多に表情が変わらないから、何を考えているか分からないんだ。でも僕の事をよく見ていてくれている気がするから安心できる。どうやら僕の視線に気付いたみたいだ。
「どうかされましたか?」
「ねぇ、聖魔法って何?」
「レオンハルト様はまだ魔法について習っていなかったですね。聖魔法というのは聖なる魔法といって、回復とか癒しとか、そうですね……、簡単に言うと、自分や他人の怪我や病気を軽くしたり治したりする魔法ですよ。聖魔法を使える人は少ないですし、人の生死に関わる特殊な魔法なので、完全回復のような高度な魔法を使える人は限られていますね」
「そうなんだ、早く魔法の勉強もしたいな」
僕も使えるのかな? 他にも何か書いてあるのかな? 僕も羊皮紙を見せてもらえないのかな? 自分のことだから気になるのは当たり前だよね!
「お父様、僕にも見せてもらえませんか?」
まだ考え込んでいるお父様に声をかけてみた。
お父様はふと顔を上げると、
「そうだな」と言って、僕に羊皮紙を手渡してくれた。
僕はワクワクした気持ちで、羊皮紙を見た。名前とか年齢とか色々書いてあった。確かに魔法素質の欄にはあらゆる魔法の素質ありって書いてある。どんな魔法でも使えるってことなのかな? でもそれよりも気になったのは特殊能力の欄。
――始祖返りって何? どういう意味?
お父様はこのことは気にしてないみたいだから、そんなに重要なことじゃあないのかな。
「リュリウス、始祖返りって何?」
また少し振り返ってリュリウスを見る。
「始祖返り……、ですか。先祖返りというのは極まれに耳にしますが、始祖返りというのは初めて聞きました。先祖返りというのは、容姿や肉体や能力などが両親より、先祖の誰かに似ていたりすることですから、始祖というのは先祖の中でも、家系図や血筋の始まりの人ですから、その方に近しいということでしょうか。それがどうかしましたか?」
リュリウスは僕の後ろに立っているけど、羊皮紙は覗いていないみたいだ。優秀な執事と父上も褒めていたぐらいだから、盗み見なんてしないよね。
僕が5歳の時にリュリウスが専属執事になって、その時に彼は一生僕に仕えるという忠誠の誓いを立ててくれた。今までの言動から信頼しているから、僕は迷わずリュリウスに僕の真実を見せようとした。
リュリウスが珍しく、少しぎょっとした顔をしてから咳払いしていった。
「レオンハルト様、そのようなものを簡単に他人に見せてはなりません」
「でも、リュリウスは僕の執事だし、僕がどんな主なのか知っていて欲しいんだ」
「――嬉しく思います。ですが、お父様、いえ、ミッシェルト様に私が拝見する許可を頂かないことには、いくらレオンハルト様の執事とはいえ、分不相応のことと存じます」
リュリウスは一歩下がって、右手を左胸に当て軽くお辞儀して言った。
「わかった。――お父様、リュリウスにこの紙を見せてもよいですか?」
僕はリュリウスからお父様に視線を移して言った。
お父様は、はっとして様子で僕とリュリウスを見比べて、頷いた。
「そうだな。今後の事もあるから、リュリウスには知っていてもらった方がよいかもしれないな。……レオン、いいか、ここに居る私達以外には絶対に羊皮紙を見せてはいけないよ。いいね」
お父様は真顔で僕に言い聞かせた。
僕が思っているよりも、ずっと重要なことが書かれているのかも。
「は、はい、お父様」
返事をするのになぜか緊張してしまった。リュリウスに羊皮紙を渡して様子をみた。
「拝見いたします。――! …………。神々の加護(黄泉の神を除く)? 精霊の加護や特定の神の祝福を受けている人はごく稀に存在すると聞いたことがあるけど、複数の神の加護なんて聞いたことがない。あらゆる魔法の素質があるのと関係あるのか? 言葉や知識の習得や理解力が普通の子供より優れている気がするし、病気も少ない。怪我の治りも早い気がするし、身体能力も高い気がするのは神々の加護のおかげなのか? 始祖返り……、これか、でもどういうことか分らないな……これは……」
リュリウスまでブツブツ呟き始めてしまった。リュリウスをそのまま観察していると、僕の視線にまた気付いたみたいで、咳払いした。
「ありがとうございました。お返しいたします」
リュリウスがテーブルの上にそっと置いた。お父様がまた羊皮紙を手に取ると、半分に折り畳んだ。
「カルバス、封書するから準備をしてくれ」
「かしこまりました」
カルバスは返事をした後、テーブルにあった小さい玉と台座を片づけて静かに部屋から出て行った。
お父様が自分の世界から戻ってきたので、
ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「お父様、神官長さまが何かお話しがあったみたいですが、神殿から急いで帰ってきたのは何故ですか?」
「それは……、順を追って話そう。レオン、君が真実の玉に触れた時、玉が光っただろう? その色が聖魔法の素質を持った者が出すそれと似ていたのだよ。そして光の量からして基本魔力量も多いと思われ、高度な聖魔法使いになる素質があると思われたはずだ。神殿では怪我や病気で苦しんでいる人達を助けるという使命があり、その行いによって食べ物やお金を頂くということもある。聖魔法使いがいる方が使命を果たしやすいのだが、聖魔法使いはあまり多くは存在しない。そこでおそらく神官長は聖魔法使いの素質がありそうなレオンを神殿に引き取りたいという話がしたかったのではないかと思う。実際に何年か前にどこかの伯爵家の娘が強引に引き取られたという噂を聞いた。レオンはうちの跡取りだ。勝手な事はさせない。私達にとっては大事な息子だ。神殿に取られてたまるか!」
最初の方は穏やかに話してくれていたのに、最後の方でお父様がまた声を荒げた。
「あの時の貴方の毅然とした態度、とっても素敵でしたわ!」
お母様がキラキラした目でお父様を見つめている。お母様は本当にお父様が大好きなんだなぁ。
「でも、話しを聞かなかった事で怒られたりしないのですか?」
心配になってお父様に尋ねてみた。
「大丈夫だ。王都の神殿の神官長とはいえ、公爵家に命令することはできない。国王様の命令には逆らえないが、特別の理由もなく、あの国王様が公爵家の嫡嗣を神殿に引き渡すようにおっしゃるとは思えない。もしそのような理由があるなら、とっくに国王様の使いが来てもおかしくない。だが、神殿で話を聞いたら最後、神官長達に神様への信仰を盾にどのような手を使われるか分かったものじゃない」
お父様は信仰心がちゃんとあるけど、噂のせいなのか神官長や神官のことはあまり良く思っていないのかもしれない。
「旦那様、封書のご用意が整いました」
「ではここへ」
「かしこまりました」
カルバスが封書の為の道具をそろえてテーブルの上へ置いた。カルバスは体が鍛えられていて筋肉質で手とか全体的に大きいから細かい作業とか苦手そうに見えるんだけど、道具を置く時も静かで丁寧な動きだった。
お父様は羊皮紙をさらに半分に折りたたんで、封筒の中に入れて、封筒をテーブルの上に置いた。赤い蠟を垂らし、指輪型の家紋の印章を押して封蝋した。これで誰かが勝手に封筒を開ける事はないだろう。
「カルバス、魔法で封印を強化させて、うちの金庫に入れておいてくれ」
「かしこまりました。領地に着くまでは私が責任も持って、大切にお預かりいたします」
カルバスは受け取ると、大事そうに懐にしまった。
お父様が机の上にあったカードの説明をしてくれた。
「レオン、このカードは基本情報として、名前、年齢、身分が表示されていて、それ以上の情報は本人が表示させたいと念じない限り、表示されない魔法、本人が念じれば、カードは自分の手に戻ってくる魔法や他人が触るには、本人の許可がいる魔法が施されている。これは身分証として使えるもので、他人が悪用しないようになっている。ただ、世の中には色々な魔導具があり、魔法があるから、それらの魔法を無効化しないとも限らない。落とさないように大切に保管するように」
「分かりました」
僕はカードを手に取ると、そっと胸ポケットにしまったのだった。
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