「レオンハルト様、神殿に着きましたよ」
執事であるリュリウスが僕に声をかけた。先に馬車から降りて、僕の手を取り、降りるのを手伝ってくれた。彼は僕専用の執事だけど、護衛も兼ねているらしい。とても強そうには見えなくて、整った顔立ちに優男っていう印象で、領地の女性にとても人気があるらしいみたい。
今日は僕の七歳の誕生日。王都にある神殿に洗礼を受けに来たんだ。
王家や貴族など身分の高い家柄の嫡嗣は産まれてすぐ王都の神殿で神々の祝福を授かるから、僕もここに来たんだけど、勿論生まれた時のことなんて覚えてない。
「うわぁ、アカツキ領にある神殿よりずっと大きいや」
建物の大きさに圧倒されて思わず声が出ちゃった。大きいだけじゃなく、とても立派な建物だ。
アカツキ領は王家についで上級貴族の最上位の公爵家の領地だけあって、土地は広いけど、辺境の地であるせいか田舎だし、立派な建物はそんなに多くない。領地運営は僕にはわからないけど、身分程お金持ちじゃなさそうだ。今日着ている服は僕の一張羅だし。
神殿は貴族や平民の身分に関係なく利用するから、うちの神殿は下級貴族の館というイメージで、彫刻なども華美にならない程度で、大広間に神の像が祭ってあり、その横に神殿を管理する神官達の部屋や応接間がある建物につながっている。
それに比べて王都の神殿は、王族も利用するからか、建物全体に華美な彫刻があって、真っ白なのに、とても綺麗だ。仕えている神官達も多いし、部屋もたくさんありそうだ。お城とまではいかないけど、神殿につながっている建物がうちの館ぐらいありそうだし、神殿自体も入り口が大きな階段の上にあって、高い。
「レオンハルト様、上を見ながら歩くと危ないですよ。あと、神殿での作法は忘れていませんか?」
リュリウスが周りに聞こえないように、小さい声で聞いてきた。少し耳元がくすぐったい。
僕が公爵家の跡継ぎとして恥をかかないように読み書きから礼儀作法に至るまで、色々と教えてくれているんだ。
ちゃんと作法も習ったから大丈夫。返事をする代わりに、にっこり顔で答えた。
神殿の階段を登り中に入って、一歩二歩と少し進んだところで一度足を止めた。リュリウスも主人である僕の後ろに続いて入ってきたみたいで、後ろから「私は入り口横で控えていますね」と言って傍から少し離れた。
神殿内で最初に目に入ってきたのは、中央最奥にある大きな神様の像。神様の像だけあって、真っ白だけどとっても神々しい気がする。それに神殿内はとっても神聖な空気を感じる。左右の壁側にも中央程の大きさではないけど、主神以外の神の像がたくさん並んでいる。外壁もすごかったけど、中も白を基調にしているのに、華美な彫刻があるし、壁の上の方に窓があって、そこからの日光が神々の像に降り注ぎ、それが更に神々しさを増しているのかも。
中央の像の前に神官長がいて、周りに神官達がいる。王都の神官長ということは、神官の中ではかなり上位の人らしい。よく見ると神官長の立っている前に、大きくて透明な玉が大事そうに台座に飾られていた。あの玉は真実の玉と呼ばれているとリュリウスから聞いていた。
真実の玉から少し離れたところにお父様とお母様とお父様の執事のカルバスがいた。お父様は優しくて凛々しくてカッコイイ自慢のお父様で、お母様はいつ見ても美しくて、自慢のお母様だ。カルバスはリュリウスの父上でもあり、先祖代々アカツキ家に仕えているらしい。カルバスは執事だけど、何年か前に先代から家令というお仕事を受け継いだらしい。彼はお父様の護衛もできるぐらいには強いらしく、体も鍛えている。
辺りを見渡すと、今日洗礼を受けるのは、どうやら僕だけみたいだ。
「アカツキ公爵家の嫡嗣、レオンハルト・アカツキ様ですね」
神官の一人が僕の前にやってきて言った。
「はい。レオンハルト・アカツキです。洗礼を受けに参りました」
少し背を伸ばして、左胸に右の手のひらを当て、軽く頭を下げた。
「では、前にお進みください」
少しドキドキしながら歩き、真実の玉の一歩手前で止まった。
「これより、レオンハルト・アカツキの洗礼の儀式を執り行う」
言い終わると神官長が体をくるりと神の像の方に向けた。背中しか見えないけど、たぶん両の手のひらを交差して両胸に当てて祈りを捧げるはず。
同時に僕も片膝を地面につけ、両手を胸の前で組んで目を瞑り、祈りを捧げた。
「偉大なる主神オリンヴァル様をはじめ、神々様に慎んでお祈り申し上げます。ここにおりますレオンハルト・アカツキに神のご加護を賜らん事をお祈り申し上げます」
神官長の祈りが終わると、楽器による賛美歌の伴奏が聞こえてきた。それを合図に、僕は目を開き、ゆっくりと立ち上がった。両の手のひらを胸に当てながら賛美歌を歌う。
今この神殿にいる全員が、同じポーズで賛美歌を歌っている。
賛美歌が終わると、また静寂が戻ってきた。
「真実の玉に手を置いて祈りを捧げなさい」
と神官長に言われ、左手をそっと玉の上に置いた。右手は自分の左胸に手を当てた。
「わたくしレオンハルト・アカツキに、魂に刻まれた運命をお導きください」
言い終った瞬間、真実の玉が光った。それも太陽のようにまぶしい光。チカチカして目が開けてられない。左胸に当てた右手がなんだか温かい気がする。
光が消えてからちらっと右手を見た。いつの間にか僕の手のひらより少し大きいカードらしき物を右手に持っていた。
「こ、この者の未来に幸あれ。神々に感謝せよ。これにて儀式を終了する」
何だろう? 神官長の声が動揺していた。そういえば、玉が光る前までは静かだったのに、今は神殿内がざわざわしている気がする。
僕、儀式の作法を間違えちゃったかな? それとも何かやらかしちゃったのかな? 怒られるのかな? やだなぁ、ちゃんと教えてもらった通りにやったのに。
心配になって、家族の方に目をやると、お父様はびっくりしたような顔をしていて、執事達も目を大きく開いていた。お母様はいつも通りに美しくほほ笑んでいるけど。
増々心配になってきた。
取りあえず儀式は終わったので、お父様達の方に早足気味に歩み寄った。
傍まで行ったら、お父様が声のトーンを落として、僕を愛称で呼んだ。
「レオン、カードをなくすといけないから、私に渡してくれるかな」
言われた通りに、お父様にカードを差し出すと、お父様は大事そうにハンカチに包んで胸の内ポケットにしまった。
「さあ、みんな、すぐ宿に帰ろう。捕まったら厄介なことになりそうだ」
そう言うと、お父様は何も言わずに僕を抱き抱えて、早足で神殿を出ようとした。お母様達もお父様の意図をくみ取ったようで、後に続いていつもより早足だった。
出口付近まできたところ、
「お待ち下さい、アカツキ公爵様!」
神官長と数人の神官が慌てた様子でやってきて、大きな声でお父様を引き止めた。
「神官長殿、もう儀式は終わったであろう」
「は、はい、儀式は終わりましたが、お話ししたいことがございますので、奥の部屋へお越しいただきたいのですが……」
神官長が冷や汗をかいている気がする。それに何だか僕をチラチラ見てる気がする。他の神官達も同様のようだ。
「いや、申し訳ないが息子はまだ幼い故、粗相がないとも限らない。緊張したのか疲れているようなので、早く宿で休ませたい。悪いがここで失礼する!」
お父様が強い口調で言い放った。
「し、承知しました。突然のご無礼お許し下さい。アカツキ領に帰られる前に、お時間が許されるなら、もう一度お会いしてお話ししたく存じます」
神官長の方がお父様に深々と頭を下げた。取り巻きのような神官達も恐縮したように頭を下げた。
お父様の気迫に圧倒されてこの場は引き下がったみたいだけど、お父様が王都にいる間に何か話しがあるみたいだ。この様子だと簡単には引き下がらないかも。
「王都にいれば、会う機会もあるだろう。とにかく今は失礼する」
先程よりは普通の口調に戻っていた。
お父様はとにかくこの場を早く立ち去りたいらしい。何でこんなに急いで帰りたいのかな?
お父様は僕を抱えたまま、階段を駆け下り、待たせてあったらしい大きな馬車に乗り込んだ。続いてお母様、カルバスにリュリウスがいつもより慌ただしく乗り込んできた。
「急いで虹の館まで行って下さい」
リュリウスが御者に伝えると、馬車が勢いよく走り出した。見る見るうちに神殿が遠ざかっていく。
お父様とお母様が何か話していたけど、馬車の音がうるさくて、よく聞こえなかった。お父様がカルバスとリュリウス親子に一刻も早く領に帰る支度をするようにと命令していることだけが辛うじて聞こえてきただけだった。
読んでいただきありがとうございました。
宜しければご感想など頂ければ嬉しいです。