薔薇屋敷

 大きな仕事を任されて有田は、何日も残業続きで麗美の家に行く暇もないどころか、休む暇もなかった。情報収集から設計担当との打ち合わせ、予算の組み立てなどやることが沢山あった。
 今の社内の会議室で課長と丸井と有田の三人で打ち合わせしていた。
「やっとこれでプレゼンの資料ができましたね」
 丸井が嬉しそうに云った。
「ああ。あとは明日のプレゼンだな」
 有田は笑みを浮かべた。まだ本番が終わってないので、手放しには喜べない。それでも安心したことは確かだった。
「この調子で明日も頑張ろう。細かい打ち合わせも終わったことだし、今日はこれで解散しよう。明日に備えてゆっくり休んでくれ」
 課長の表情も少し和らいでいた。
 有田達は会議室に持ち込んでいた資料や飲み物などを片し、自分達のデスクへと戻った。二課の他のメンバー達はまだ帰っていなかった。
「明日のプレゼン頑張りましょうね。メインは有田さんですけど、初めての大きな仕事で僕もドキドキしています」
 丸井が緊張した顔で云った。プレゼンは有田が全部一人で話すことになっていた。だが、丸井にも役割は与えられていた。丸井は資料を配布したり、プレゼン中有田の話しに合わせて、プロジェクターで映し出される資料をパソコンで操作しなければならない。有田一人で話しながらパソコンを使えばタイミングという点で都合がいいのだが、限られた短い時間では緊張して逆に手間取ってしまうこともある。有田はパソコンを使ったプレゼンは初めてだ。実際にプレゼンのシミュレーションを行ったところ、有田と丸井のコンビネーションは絶妙だったので、一番いい方法に思えた。
 質疑応答では課長も責任者としてフォローしてくれることになっている。
「明日はよろしくな」
 有田は丸井に云った。心の中で、丸井を助手に選んで正解だったと思った。
「はい。それではお先に失礼します」
 丸井が軽く会釈して帰っていった。
 有田も手早く明日の準備をして会社を出た。
 腕時計を見ると午後七時前で、辺りはまだ明るかった。
 無性に麗美に逢いたくなった。
 もう何日も逢っていない。有田は迷うことなく麗美の元へと向かった。
 麗美の家の垣根の所まできて、有田はふと人の気配に気が付いた。裏門から男が出てきたのだ。有田と同じようにスーツを着た二十代後半ぐらいの歳の男だった。
 有田は目を合わせず、前を向いて歩き、すれ違い様に男を横目で見やった。
 男は有田など目もくれずに帰っていった。
 麗美とはどんな関係なのだろうか。裏門から出入りするとは、かなり親密な中ではなかろうか。恋人かもしれないし、自分と同じような輩かもしれない。
 今思えば、前にもあの男とこの道ですれ違ったような気がする。
 有田は男を気にしながら裏門から入っていった。

 麗美の部屋の照明器具は灯籠しかない。朱のような橙色のような明かりが、有田の興奮を最大限に引き出す効果があった。
「はぁはぁはぁ…ふぅ…」
 麗美の白く柔らかな肢体に重なって、有田は全力疾走でもしたような荒い息を整えた。
「もう来こないかと思っていましたわ」
 麗美が薄く微笑んだ。
 有田は名残惜しそうに彼女の上から降りると、隣に仰向けになった。
「いや、仕事が忙しくて来たくても来れなかったんだよ」
 弁解するように云った。別に二人は恋人同士という関係でもなかったので、云い訳など必要なかったかなと有田は思った。
 挨拶もおざなりに麗美の体を求めたので、今頃このような会話をしているのが可笑しかった。
「そう云えば、俺がここに来た時、裏門から出てきた男とすれ違ったけど、彼、恋人なのか?」
 有田は気になっていたことを尋ねた。
「いえ、私に恋人などいませんもの」
 麗美があっけらかんと答えた。恋人ではないけど、肉体関係はある、そんな感じがした。情人ではなく、躯を繋げているだけの男に過ぎないと云っているように聞こえた。麗美にとっては有田もその男と同じだろう。
 思い出してみると、確かあの男の他にも彼女の家の裏門から出てくる男を目撃したことがあった。一体何人の男がこの家を出入りし、関係しているのだろうか。有田が知っているだけでも、自分を入れて三人の男が出入りして、関係を結んでいるのかもしれないのだ。
 有田は前々から思っていたことがあった。それは誠之助の存在だ。家政夫と云っていたし、実際そのようだと有田も思っていたが、今日のことも踏まえて麗美の男関係を考えると、誠之助と何もないというのは返って不自然な気がした。
 今なら聞きやすいと思った有田は、話の流れのついでとも云わんばかりに尋ねた。
「誠之助さんとはセックスするの?」
 有田は直球すぎたかと思ったが、遠まわしに尋ねて曖昧に返事されるのが嫌だった。
「いいえ。彼はただの使用人。指一本私に触れたりしませんわ」
 麗美は有田を見ずに静かに目を伏せた。
 有田は麗美の言葉が本当なのか疑った。だが、考えてみれば、麗美が誠之助と関係があったとしても、それを有田に隠す必要性はない。自分たちは恋仲でもないのだから。
 有田はモヤモヤした気持ちに気が付いたが、自己分析をしようとは思わなかった。
 次第に眠気が襲ってきた有田は、睡魔と闘いながらゆっくりと起き上がった。
 明日は大事なプレゼンテーションがある。ここに泊まる訳にはいかない。服装に気を配りたいし、気持ちも切り替えたい。
「お帰りになりますの?」
 麗美が尋ねた。
「ああ。明日も仕事だしな。また来るよ」
 服を着て帰り支度を済ますと、麗美の首に口付けて部屋を出た。

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青猫かいり

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