勇者の血脈~始祖は伝説の迷い人~

 今日は朝から領内が騒がしい。
 また魔の森から魔物が出て、警備隊の兵士達が討伐に向かった。
 お父様に付いていったところ、既に魔物退治は終わっていた。幸い兵士達や領民は軽い怪我で大事なかった。
 今回の魔物は強くないけど、群れで襲ってきたみたいだ。大事な畑が踏み荒らされて台無しになっている。
「領主様! 畑が魔物にやられちまって、自分達が食うので精一杯ですだ! 税なんてどんでもない! お情けを!」
「領主様!」
 このタルス村はベヒーモス襲来からやっと復興して畑も元通りになって、これからという時だった。畑を荒らされた領民達が、お父様に縋ってきた。
「ミッシェルト様、いかがいたしましょう」
 警備隊の隊長のルベインがお父様にお伺いを立てた。
「うむ、この惨状を目の当たりにして、税を納めよというのは、飢え死にしろと言っているのと同じことだな。あとで被害状況の詳細をまとめて報告しろ。この場は私が収めよう」
 お父様はそう指示すると、少し高い場所に立った。
「皆の者、領主様がお話しになられる。静かに」
 警備隊長が大きな声で領民達に向かって言った。領民達は、お父様の声を聞き逃すまいと静かになった。
「皆の者、大きな怪我がなくて何よりだった。畑が荒らされて心配する者もいるだろう。今、ここで具体的な事を即答することはできぬが、税のことは安心するがよい。被害状況と食料の貯蔵の状態を警備隊の者に正確に伝えてくれ。誰一人飢えることのないようにすることを約束しよう」
 言い終わるとお父様は降りてきた。
「ありがとうございます」
「領主様がああ言って下さるなら安心だ」
「本当に慈悲深い領主様だな」
 領民達が安堵の表情を見せた。口々にお父様を称賛していた。
 
 お父様と館に帰ってきてすぐ、お父様はカルバスを連れて執務室に入っていった。
 お父様の表情が険しかったのが気になって、僕は執務室の前で聞き耳を立てることにした。
「――だな、今度こそ、――足りない。このままでは――」
「それでは、――したらどうでしょうか」
 お父様とカルバスの深刻そうな声が途切れ途切れ聞こえた。
 今回の畑の被害は想像以上に酷かったのかもしれない。あの状態でタルス村から税収するのは、難しいということは子供の僕にでも分かる。自給自足に近いあの村では、生活するのも大変だと思う。
 僕にできることはないのかな?
 そうだ、前からやってみたいと思っていたことがあるから、許可を得るチャンスだ!
 僕はドアをノックした。
「お父様、お話があります」
「入れ」
 ドアを開けて入ると、お父様とカルバスが立っていた。
「失礼します」
 いつから居たのか、背後からリュリウスの声が聞こえ、僕に続いて入ってきた。
「話とは急ぎか?」
 お父様がいつになく余裕のない顔をしていた。
「はい、お父様にすぐにでも許可を頂きたいお話しがあります」
「話してみろ」
 そう言うと、お父様はソファに腰かけた。
「前から考えていたことでもあるのですが、今回の魔物の襲撃で更に、アカツキ領には食料やお金が必要だと思うんです。だから僕が領の外に出て、食料を確保したり、お金を稼ぎに行くことをお許し下さい」
「――何!? 私の聞き間違いか? レオン、君が領から出ると?」
 お父様が目を見開いた。
「はい、旅に出たいと思います。旅の途中、どこかの領で冒険者登録して、お金を稼いできます。食料もたくさん確保してくるつもりです」
 以前、冒険者に会って、危険は伴うけど、手っ取り早くお金を稼ぐのにはもってこいという話を聞いた時から、考えていたことなんだ。
「いくら君が強くてもまだ子供なんだぞ! 親として、公爵家としても、まだ十歳の息子を領の外に出すなんて考えたこともない。それに冒険者などと子供には危険すぎる!」
 お父様がいつになく声を荒げた。
 心配してくれているのは分かるけど、これが一番いい方法だと思う。絶対に説得してみせる!
「お父様、心配してくださるのは嬉しいです。でも、僕はいずれこの領地の領主となる身、困っている領民を放ってはおけないんです。
今のアカツキ領の食料事情と財政を考えれば、このまま何もしない訳にはいかないと思います。だけど、魔の森のこともあって、魔物退治に人員は欠かせません。それなら僕が動くのが一番いいと思うんです。それに、お母様が身ごもっている今、僕に万が一のことがあっても、未来の弟か妹がいれば公爵家は大丈夫です。危険は承知の上でのお願いです。どうか僕に旅に出る許可を下さい」
 僕はお父様に訴えた。
 ――遊びで旅したいと言っているんじゃない、危険を覚悟してのことだと。
 僕が言い終わると、お父様は腕を組み、目を閉じて何か考え込んでいる。
 お父様が即答できずに悩んでいる様子だ。
 やっぱりダメなのかなぁ?
 沈黙が続いた後、お父様が口を開いた。
「リュリウス、意見を聞かせてくれ」
「はい、レオンハルト様は始祖様の本で勉強や鍛錬し、子供ながら剣術、体術、魔法ともに大人の冒険者に劣らない実力があると思われます。レオンハルト様の執事としては、危険なことはお止めしなければならない立場なのでしょうが、レオンハルト様の領民を、ミッシェルト様をお助けしたいというお気持ちをないがしろにはしたくありません。もし旅立ちの許可をなされるならば、不肖ながらこのリュリウス、レオンハルト様に侍従し、命を懸けてお守りする覚悟でおります」
 リュリウスが右手を左胸に当てて力強く言った。
 お父様はそれを聞いて、深くため息をつき、リュリウスと僕を見た。
「――分かった。許可しよう。レオン、いいか、勇敢に立ち向かうのと、無謀に動くのは全く違うものだ。リュリウスを死なせたくなければ、自分の命を危険にさらすような行動は慎むことだ。いいね」
「はい、心に刻んでおきます」
 僕は頷きながら、右手を左胸に置いて誓った。
「しかし、旅に出るといっても、期間はどのぐらいを考えているのだ?」
「えっと、旅には出ますが、食料やお金を得たら、すぐに帰ってきます。というか、宿代がもったいないので、できれば毎日家で寝たいぐらいですが……」
「はぁ?」
 お父様があんぐり口を開けて言った。
「毎日って、領の外に出るなら、いくら馬を走らせても、無理だろう?」
 お父様は怪訝な顔をして僕を見た。
「あの、言うのを忘れていましたが、始祖様の本に、転移魔法の使い方が書かれていまして、やっと出来るようになったんです。まだ長距離は試したことがないんですが、リュリウス一人ぐらいなら、一緒に転移に成功しました。一度行った場所なら、どこでも転移できるみたいです」
 事無げに発した言葉に、お父様は目を丸くしているみたいだ。
「はぁ? 転移魔法? あの伝説の魔法? 王国魔法師団のエリートはおろか、この国で使える者がいるかどうかも分からない最高難易度の魔法だぞ? リュリウス! 本当か?」
 お父様はリュリウスに詰め寄った。
「え、ええ、本当の事です。先日、庭でレオンハルト様が目を瞑るように言ったので、そのようにしたら、一瞬のうちにレオンハルト様の部屋におりました」
 リュリウスがお父様に報告していなかったのを申し訳なさそうに言った。
「そうか、レオンがそんな魔法まで習得しているとは。始祖の本もすごいが、習得してしまうレオンも我が息子ながら恐ろしく魔法の才能に長けているようだな」
 お父様は僕をじっと見て、そっと抱きしめた。
「レオン、君は素晴らしい。だが、無暗に人前で転移魔法は使わないでくれ。その能力故に、悪用されたり、身に覚えのない罪を被せられたりすることもあるやもしれん。必ず誰もいないところで使うのだよ。くれぐれも気を付けるんだよ」
 お父様の心配する気持ちが体温と共に伝わってくる。
 僕はこんなにもお父様に愛されているんだね。
 ――絶対に生きて帰ろう。
 そう決意した。

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青猫かいり

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